Z.冥夜祭


「私が下手なのは、どうだっていいの! だけど、ルクは一応、王様でしょ。私と組んだせいで、みんなが見てる前で恥かかせちゃったら……」
「私? ……ああ、なんだ。そんなことか」
 どうしよう、と。私は今さら自分が下手な芝居を打ったことを本気で後悔し始めていて、申し訳ない気持ちでいっぱいになって訴えているというのに、ルクは私の言葉を聞くなり、拍子抜けしたように笑った。
 とん、と背中に回された腕に押されて、爪先がフロアへ踏み出してしまう。シャンデリアの光が一筋、とびきり明るく目の中に飛び込んできて、反論しかけた口を噤んだ。
「君が足を引っ張るなんて思わなくても、私は元から大した腕前じゃない。城の者なら、皆知っていることだ。多少の失敗なんて、何の注目にもならないさ」
 ほら、と片手を手のひらに、もう片方を腕に乗せられて、気づけばダンスのペアを組む体勢に変えられていた。余計にまずいじゃないか、と思いながらも、向かい合う足を動かされて慌てて一歩下がる。もう片方の足も、すぐに動かなくてはならなかった。言い返そうとしていた言葉も忘れて、まるで音楽の上を綱渡りでもしているかのように、リズムを聞き落すまいとして必死についていく。
 こんなの、無茶に決まっている。
 下手と下手で、どうするっていうの。
 頭の中は相変わらず混乱しきっているのに、一定の動きを繰り返す足は次第に綱渡りにも慣れてきた。ふらふらと、時々間違えながらも床に触れては離れ、吊り下げられた人形のようにどうにかこうにか動く。
 意識すると逆に動けなくなってしまいそうで、私はずっと足元を凝視していた視線を、そっと持ち上げた。線の細い、黒いローブのぴたりとした肩が、目の前にあった。
(嘘吐き)
 その肩へ向かって、心の中で一言だけ、自分を棚に上げて吐く。注目にならないなんて嘘だ。失敗を笑う人は、確かにいないかもしれない。けれどすれ違う人々から、ルクへ向けられている視線は絶えず感じられる。あ、と気がついたように。あ、と微笑むように。
 必然的に、組んでいる私に向けられる目の数も多くなる。彼にとってはいつものことかもしれないが、私にとっては、全校生徒の前で登壇するときと同じくらいの注目がされているように感じた。
 深く息を吸って、緊張に固くなる体を振り払うように、大きく足を引く。瞬間、横で回ったスカートが私と同じメイド服で、同時に視界を横切ったグレーのコートに見覚えがあり、私は思わず顔を上げてその二人を見た。
「どうも」
「ゼンさん!」
 銀の眸が、かすかに細められる。グレーのコートを身に着けていたのは、やはりゼンさんだった。音楽が揺れるように動いて、彼の肩に隠されていたペアの女性の顔を覗かせる――タリファさんは、私と目が合うとほんの少し、微笑んで会釈をした。
「ダンスは苦手だから参加しない、と、前に仰っていましたが」
 一度離れたタリファさんの手を取って、ゼンさんがくすりと笑う。
「お嫌いでは、なかったのですね」
「……うるさい」
 鎧兜がないと、思いのほか豊かな表情を浮かべる人だ。何の話だろう、と出遅れた私を、ルクがさりげなく二人から離れるように誘導した。音楽の波に逆らって、反転するようにくるりと動かされる。ゼンさんは私に会釈をして、タリファさんと再び、フロアの中心に消えていった。
「まったく、あいつは……」
 沈黙に耐えかねたように、ルクがぽつりと零す。返事は見つからない。私たちはまた、すれ違う人々の視線の中で何も言わずに踊り始めた。シャンデリアの光の真下、最初に踏み込んだ場所へ帰ってきて、そこを通り過ぎる。フロアに出てから二つ目の曲が、軽やかに流れ出した。
(苦手、ねえ)
 今度もまた、最初は足元を見下ろしたまま。そのうち顔を上げて少しずつ、息をするように両足を動かしていく。知らないはずのステップを、知らず知らず踏んでいる爪先に、金色の光が零れて弾けた。
(十分、上手いじゃない)
 少なくとも、私よりは。
 ちらと盗み見るようにルクを見上げて、私はお世辞でも何でもなく、素直にそう思った。
 ルクの踊りにはゼンさんのような、華やかで目を引く上手さはないかもしれない。けれど比較対象のいない私にとっては、ぎこちなくうろうろする私の足を踏まないよう、音楽から半歩遅れて地面を踏んでくれる。その緩やかな足取りがちょうどよくて、いつしか自分の頼りない技術も、注がれる人目も気にならなくなっていた。


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