第二幕


 幼い自分はそうして、自らを守ったのだ。そうすることで立っていなければならないと思った。王や王妃が憔悴し、父と母が腫れ物に触るように自分を窺う中で、大丈夫だと真っ直ぐに立ち続けていたかった。子供らしく声を上げて涙することを、放棄してしまった。
 結果として長い月日の流れた今、ハイエルは他の誰よりも、まだライラという存在に縛られ続けている。
 王は姿勢を崩さないまま沈黙に耐えるハイエルに、静かな声で告げた。
「構わぬ。そなたには、その権利がある。私たちに止められるものではないし、止めるつもりもない」
「有難うございます」
「しかし。そなたにとっては本当に、後悔はしないのか?」
 蔦色の目の芯が、わずかに揺れている。そこにはライラに関わることで、もう一度ハイエルを傷つけることはしたくないという、王の躊躇いが見て取れた。その可能性も、全くないとは言えない。けれどハイエルはゆっくりと頷き、その口許に仄かな笑みを浮かべて言った。
「以前から何度となく、考えていたことです。自分の中で今と思えるきっかけが訪れなかったため、こんなにも時間が過ぎてしまいましたが」
「……」
「ライラ様に、お会いしたい。会って、この十八年間、私がずっと心の底に思い続けてきた方がどのような方だったのか、その日々は私にとって何か意味のあるものだったのか。それを、自分自身で確かめに行きたいと思います」
「そうか……」
「はい。――それが例え、一生に一度と決められた儀式であっても。そうであるならばこそ、私にとって七夢渡りを行うのは、今をおいて他には考えられません」
 ハイエルは二人を交互に見つめ、そう答えた。王妃のアイスブルーの眸が、先にその眼差しをふっと和らげた。促されるように、やがて王も重い瞬きを一つして頷く。
「分かった。では一週間の後に、そなたの答えを聞けることを待つとしよう」
「はい、有難うございます」
「そなたの人生だ。この七夢渡りが無事に成功し、その心の行き着くままに、そなたが後悔のないまことの決断を下せることを願っている」
 王妃が椅子から立ち上がった。ハイエルを扉まで見送るためだ。扉番がその重い扉を、大きく両側に開いて待つ。
 ハイエルは王に一礼して、王妃に連れられ、その部屋を後にした。扉の先には長い廊下が、明るい午後の光を蓄えて真っ直ぐに続き、遠い突き当りで右へ折れる。
 絨毯を抜けた靴の先が、再びコツ、と音を立てた。背後で扉の閉まる音がする。ハイエルは今一度その扉に向けて頭を下げると、象牙色の廊下を一人、歩き始めた。


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