第七幕


「私の生まれたグラン家は、代々、騎士を務めてきた家系です。辿れば王家の遠い親戚に当たるのだそうですが、家系図として一応は残されているという程度の認識で、もう何代も前からあまりそういったことは意識されていません」
「ハイエルも、そうだったのですか?」
「ええ。父も母も、私がライラとの婚約の話をいただくまで、そのことは私に話していなかったくらいですから。故意に隠していたわけでもなく、それほど話す必要に迫られなかったので、私が大人になってから聞かせればいいと思っていたのだとか」
「家系図の話など、難しいですものね」
「そうですね。あまりそういった、複雑な話は聞かされずに育ちました。……ああ、どうぞ。こちらに」
 歩きながら取り留めもなく話をして、近くに着いて見たその岩には、低く狭い面と高く広い面とがあった。ライラの背では、高いほうへ座らせると足が浮いてしまうが、低い面は見るからにごつごつと不安定であまり薦められない。
 失礼、と詫びてからその体を抱き上げ、ハイエルは迷わず彼女を高いほうの面へと腰かけさせた。軽いな、と思ったのは体格の差なのか、あるいはここがトコロワという土地だからなのか分からない。魂のみというには重く、身構えたよりはずいぶんと軽かった。
 一瞬、何が起こったのか頭が追いつかなかったようだ。ライラは一拍遅れて、その体がすっかり岩の上に上げられてから、驚いたように声を上げた。
「だ、大丈夫です。私がそちらで」
「伽羅の香りがしてきたら、すぐに下ろしますから。どうぞそちらに座っていらしてください」
「でも」
「……立場上、あまり高い位置に腰かけると落ち着かないのですよ。これ以上、目線の高さが食い違うと、私は貴方を過度に見下ろしながら話さなくてはなりませんので」
 ほら、と、示すようにしてハイエルが低いほうに腰を下ろす。アイスブルーの眸と紫黒の眸の高さが、測ったように揃った。
 自分の座るほうを譲ろうと慌てていたライラが、その偶然とも言える合致に、ぴたりと口を噤んだ。そして何かが込み上げたように、くすくすと笑った。
「父が、貴方を私の婚約者にと指名した気持ちが、分かるような気がいたします」
「そうでしょうか。これくらいのことを習って育った男は、王家の周りであれば、さして珍しいものでもないと思いますが。むしろ私は、本当に王家に近い貴族の血筋の方から見れば、粗雑に映る部分も多いことと思います。騎士としての教育は受けてきましたが、貴族としての教育はほとんど受けておりませんので」
 ハイエルは心からそう思って言ったが、ライラはそれに対して、呆気なくはいと答えた。そしてそのまま流れるように、ですが、と続ける。
「だから、ではないでしょうか?」
「え?」
「貴方の気遣いや行いからは、そういった教育で身につけることのできる、形式めいたものを感じないのです。しかし決して非礼というわけではなく、私に対しても、こうして心を尽くしてくださる。外から植えつけられたものでないのであれば、ハイエル、それは貴方の持って生まれた優しさではないかと思うのです」
 今は高さの変わらない双眸が、芯を見通すように、柔らかく見つめてくる。ハイエルは言われたことを理解してもすぐには答えが追いつかず、まさかという思いで瞬きをした。そんなふうに言われたことは、これまでに一度も経験がなかった。
 父親が少しばかり武勇に秀でた人物だから、その七光り、親の取り成し。もしくは急成長を目論んだ末端の家による、王への取り入りとその道具。
 小さな家の騎士の息子が、生まれる前から王女と婚約を取り決めたとあって、騒がれたのが興味本位の噂ばかりでなかったことは知っている。父を貶すものや、自分を悪く言うものもそこにはたくさん溢れていた。
 両親は幼いハイエルに極力それを聞かせないよう努めたが、子供だったといっても、言葉の分からない歳だったわけではない。中にはハイエルに直接投げかけられたものもあり、ハイエルが騎士として父を超えたいと思ったことの陰には、その言葉の数々も強く影響している。
 自分が誰よりも実力をつければ、王は父に騙されたわけではなく将来を見抜く目があったのだということになり、父が家の成長を目論んでいるという見解も取り払えるのではないか。そして自分に対する無意味な嘲笑も、封じられるのではないか。幼心にも信念とプライドを抱えていた少年のハイエルが、切にそう願った記憶は、大人になったハイエルの中にその努力と成長として残されている。
 ライラはすべてを知っているように、静かな声で、はっきりと告げた。
「父は、貴方のそういうところを好いて、そして貴方のお父上の、媚のないところを信頼しているのだと思います。このトコロワにいても、その気持ちが流れてくることは幾度となくありました」
「そう……、なのですか」
「貴方がこうして七夢渡りにやってくる、少し前でしょうか。やはり私の目に狂いはなかった、彼は良い青年になった、と父の声が聞こえてきましたから」
 貴方のことですよ、と。念を押すように伸ばされた手が、ハイエルの胸に留められた一つのブローチを軽やかに撫でた。


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