第四幕


「女王になろうという身で、このようなことを口にして良いものか躊躇いますが。……私を愛せないと思ったら、きちんと断ってくださいね」
「……ええ。貴方に対して、嘘偽りをもって接するつもりはありません」
「ありがとう、それを聞けて安心しました。私は例え誰であっても、中身のない結婚をするつもりはありませんもの。そして、ハイエル」
「はい?」
「貴方にも、そんなことはしてほしくないのです」
 ふいに話の先が、自分へ向く。私ですか、と確かめるように繰り返して、ハイエルは知らず、両手を緩く握り締めていた。
 ええ。朗らかな声が、対称的に胸の奥の強張りを解いていく。ずっと誰かに触れられることを避けていた、自身の将来についての部分に伸ばされる指先を、ハイエルはただ、他の誰の声もない部屋の中で受け入れていた。
「私は、貴方に幸せになっていただきたいと思います。貴方の望む人生を、選んでいただきたい」
「ティモン王と、よく似たことを仰るのですね」
「何も示し合わせたわけではありませんよ。私の、本当の気持ちです。婚約の相手に貴方を望みましたが、私はそれ以上に、貴方にはどんな形であれ、幸せになっていただきたいのです。例えそれが、もし……」
「……何でしょう」
「……いいえ、何でも。つまり、誰にも応援しがたい選択であったとしても、私はそれを選んだのが貴方だとすれば、しっかりとその答えを受け止めるつもりでいるということです」
 口角を上げて、強い眼差しで微笑む。
 芯にある幼い弱さを見抜いて、そうですかと笑って守ってやる対象でしかなかったはずのその笑顔を、ハイエルは初めてこんなにも鮮やかなものだったろうかと思った。慈愛に満ちて堂々としたそれは、十も歳若い少女のものとは思えない。
 これが、王家を継ぐ人間か。ふ、と零した笑みに、途端に瞬きをする顔はまだ、美しいと呼ぶよりも愛らしいと称されるものだというのに。
「必ず、偽りのないお返事をさせていただきましょう。……カナリー様」
「はい?」
「婚約を結んだ暁には、貴方も私のことを愛せる確信がおありなのだと、今のお話はそう捉えてもよろしいのですよね」
「ええ、もちろん。そう言ったつもりですわ」
「……本当に、少し会わない間にずいぶんと大人びていらっしゃる」
 間髪いれず答えたカナリーに苦笑して、ハイエルは紅茶を用意してくれるよう、扉の近くを歩いていた女中に声をかけた。耳の奥で、まだぐるぐると一つの言葉が回っている。
 ――幸せに、か。
 心のままに、という意味で願われたそれはやがて静かに、ハイエルの体の芯を通って、その胸へと溶けていった。そこにはカナリーとハイエル自身との関係の他に、この日が暮れたらトコロワの淵で会うのであろう少女のことも、存分に含まれている。


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