Epilogue -巡るものたち-


「座ってて、今用意するから」
 セネリに促されて椅子に着き、テオはぼんやりと湯を沸かす音とラジオを交互に聞き流しながら、窓の外を見た。広い庭の草木は真夏の緑を薄くして、代わりに多くが種や実をつけ、小さな実りの季節を作り出している。黄土色の小鳥たちは、渡り鳥だったようだ。夏が終わると同時に南へ向かって飛び去っていったが、去年も同じように姿を消したらしく、また春になれば戻ってくるのとセネリは笑って言っていた。屋根の上にできていた巣も、いつの間にかなくなっている。住むものがいなくなって、自然と雨風に乗って流されていったのかもしれない。
《……これを受け、王都はイーストマストに気象観測の塔を建設することを検討中だそうで――》
 ラジオの電波は、アパートよりクリアに入るようだ。周囲に大きな建物が少ないからかもしれない。テオは取り留めもなくそんなことを考えながら、視線を窓から、セネリの後ろ姿へと移し変えた。生成りのエプロンのポケットに、調合で使った残りを忘れているのか、薄紫の花が数本入っている。ベルトには今日も、葡萄の房のように色とりどりの瓶が提げられていた。あれはきっと春風、隣が夏風だ。覚えのあるものをいくつか見つけ出して、知らず静かに微笑む。
《それでは、次のニュースにまいりましょう》
 テオは脳裏に何通りかの風を思い浮かべて、瞼を閉じた。東西南北それぞれの風、上昇気流、四季の風。すべては生まれ、あるべきほうへと流れていつか消えてゆくが、どれを取っても変わらないのはただ一つ、巡っているということだ。この空の下を、というのか、大地の上を、というのか。もしかしたら風にとっては、風そのものが空と大地の間にある空間であるのかもしれない。そうだとすれば自分たちは、大地に足を下ろし、風に身を預け、時として空に手を伸ばして生きている。巡る風は、空と大地のとてつもなく広い境目にあり、絶えず循環を繰り返しているのだ。その巡りの、ほんのわずかな一瞬に自分たちと触れ合っていくことがある。それを、人間の言葉で表すならば「今、風が吹いた」という。


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