八章 -ウェストノールの風-


 ――その途絶えることのない圧の、ほんのかすかな違い。
「セネリ!」
「は、はいっ」
「風を作れ、ここからでいい!」
 上空での風を感じ取ることに慣れた飛行艇士だからこそ分かる、それは本当に微細な違いだった。勘違いや錯覚と言われてしまったら、そうかもしれないと思ってしまうような。けれど今は、その感覚だけが自分にとっての頼りだ。いくつも頭を駆け抜けた可能性のどれとも違う、真っ白な場所に生まれた、閃光のような希望であった。
「――突っ切る」
 ガラス瓶を開けたセネリが、テオの言葉に顔を上げる。すぐには理解が追いつかず、意味を察してからは正気を疑う声を上げた。当たり前だ。飛行艇でカルドーラを突っ切った話など、聞いたことがない。だが、テオは反論を待たずに振り返って言った。
「本気で言ってるし、正気で考えてる。どのみちここからじゃ避けようとしたって、多少は引っかかることになる」
「だからって」
「頼む。きっと……、信じられない話かもしれないけど、それが一番安全なんだ。オレにもまだ、まともには信じられないけど……」
「テオ……?」
「でも、何度確かめてみても。やっぱり」
 手を伸ばして、そこにある風に触れてみる。セネリはテオの行動に、真意をたずねるように名前を呼んだ。一定の力で、吹き続けてくるカルドーラの風。その中に。
「ここだ」
「何を……」
「竜巻の回転に合わせて、ほんの少しだけど風の弱まる瞬間がある。同じ間隔で、さっきから何度も」
「え?」
「カルドーラの、隙間みたいな……」
 目に見えるわけではなく、無風の瞬間というわけでもない。竜巻は変わらずそこに存在している。だが、その繋ぎ目のような一瞬に、風の層の薄くなった部分がある。
 説明のしように困る曖昧な感触に、テオは珍しく歯切れ悪く、ただそれがあるように感じるのだと言った。紫苑の眸が、唖然としたようにテオを見つめている。やがてセネリは小さく分かった、と言うと、視線を合わせたテオに向けてしっかりと頷いた。
「ここから風を作って、風と一緒にカルドーラの中へ飛び込む。そういうことだよね」
「うん」
「それなら、根を目がけて飛んでほしいの。飛行艇はこの向きのまま、できるだけ真っ直ぐに」
 飛ばされないよう、左の手首に固く結んだシルクへ、ガラス瓶の中身を染み込ませる。山吹色と若草色に染まったそれの一つの角を摘み、手首と指先の間で揺れるシルクを、セネリはその腕ごと座席の外側へ差し出した。


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