七章 -カルドーラ-


「……例え特別であったって、可能性が見えていたって。当たり前のことだけど、神殿より、そこにあるものなんかより、ずっと大事」
 かすかに震えていた。だが、意思のある声をしていた。遠慮や躊躇いなどに阻まれたわけではない、彼女自身の意思のある声を。何が、とは言われなくてもそこに込められた意味くらいは分かった。声に出されなくとも、言葉の底に埋められた名前くらい、この耳は聞き取る。
「……分かった」
「……!」
「あんたの気持ちは分かったよ」
 深く息をついてから、吹っ切れた声でテオは言った。そして振り返ったセネリの目を見て、笑顔でつけ加えた。
「だから、無茶はしない」
 一瞬、ほっとした顔になったと思ったセネリの目が、大きく瞬きをして見開かれる。言外に晒した意味に、彼女も気づいたようだ。あ、と唇が開き、次いでどうしてと問い質すような目になる。焦香の、細く丸まった毛先に萎れた葉が絡まっていた。
 ――自分がどんな顔をしているか、分かってないんだろうな。
 我知らず苦笑して手を伸ばしたテオに、セネリがわずかに肩を縮める。髪と襟の間に潜り込んだ小さな葉を払って、テオは一言一言、言い聞かせるように言った。
「いい? 落ち着いて、ちゃんと聞いとけよ。例え希望があったとしても、現実的に難しいと思ったら必ず引き返す。風の神殿は、危険を冒すくらいならさっさと諦める」
「……」
「やったことのないことだから、できるかどうかはオレにも分からない。そもそも、今のままじゃ絶対に無理だ。必要な準備を整えるために、管理所に事情を説明しなきゃならないし、もしかしたらその時点で難しいかもしれない。出発までにやらなきゃいけないこともたくさんあるし、全部が上手くいったところで、成功するかどうかは保証がない。だけど、何もしないで諦めるよりは、後味が悪くないはずだ」
「……」
「……あんただって。そう思ったから、無理だと思ってもどこかに方法がないか、探してるんだろ?」
 彼女は、気づいているのだろうか。仕方ない、それでいい、無理だ、と諦めを受け入れることばかり言いながら、その手で片時も休まずに調合を続けている、自らの矛盾に。


- 39 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -