X.星満ちて、夜


 それからの出来事はまるで、儀式のようだった。台座と合わせて身の丈ほどもある店の中心の天球儀の前に立ち、ジルがその台座に鍵束の中の一つを差して引くと、台座が引き出しのように開かれて階段が現れた。二段ほどしかないそれは、階段というより踏み台というべきかもしれない。紙の匂いの中に、木の香りが混じる。
 彼はそこへ上ると、マリアに渡してあった星の中の一つを選び取り、天球儀の上に翳した。マリアは目を凝らした。一瞬、星が強く光ったように見えたのだ。今までの光を漏らすのとは違う、はっきりとした瞬きを見たような気がしたのである。だが星はすぐに、いつもの柔らかい輝きへ戻ってしまった。錯覚だったのだろうか。
 しかしジルが天球技に手をかけ、リングの一つを回転させると、マリアはそれが目の錯覚などではなかったことをまざまざと見せつけられた。星が、一定の間隔で瞬きだしたのだ。これまでただぼんやりと光を持っていたのが、何かを訴えるように輝いている。唖然としてその様子に見とれていたとき、手の中で何かがもぞもぞと動いた。見下ろすと残り二つの星が、まるで自分もというように浮き上がろうとしていたのだ。驚きに声を上げたマリアに気づいて、ジルが押さえておくように言った。慌てて手に閉じ込めるようにしたが、鉱石のようだと思っていたものが動き回っている感触というのは、どうにも表現しがたいもので、マリアは少し表情が固まるのを隠せなかった。
 そんなマリアを横目に、ジルの作業は進んでいく。いくつかのリングを少しずつ回転させたとき、天球儀の最も外側、真鍮のリングが突然光を放ったのだ。彼はそれを確認するとさらに何かを調整するように他のリングを動かし、そうしてある一箇所で、星の明滅とリングの輝きの収縮がぴたりと重なった。
 どうやらそこが、星の行き場であるようだった。夏の星座の近くだ、とジルが呟く。それはマリアに教えるためというよりも、星に伝えるためであるように聞こえた。そうしてそのまま、手を離す。
 それは、一瞬の出来事だった。今まで通り、浮かんでいくのだろうかと思っていた星は、リングから放たれた光に包まれて強く瞬き、消えたのだ。後には金色の光の筋が、真っ直ぐに残っただけだった。徐々に消えていくそれが、あの星が上へ向かっていったことを表すかのように、天球儀の上でさらさらと零れて見えなくなる。
 マリアは慌てて上を見たが、そこに星はなかった。そして天井に穴も開いていなかった。呆然とするマリアの手から、二つ目の星を受け取ってジルが話す。この天球儀は、既存の星の動きを見るためのものではなく、新たに空へ加わる星が自らの行き先を指名するための装置なのだ、と。マリアにとってはただのインテリアとばかり思っていたものだったため、あまりの衝撃に、先ほどの星が昇った場所のことは説明を受けたところで右から左へ通り過ぎてしまった。
 物語の中に近い場所へ行こうとする性質があるのだ、と彼は話す。例えばきらきら星の流れ星は、誰かの家の窓からよく見える場所へ行って輝こうとする。嘆きのシーンで多くの星と共に流された星は、こちらの空でも澄んだ、他の星のたくさん見える場所へ行こうとするらしい。そんな話をするうち、二つ目の星も行き先が決まった。マリアは今度も目を凝らしたが、やはり星はどこかへ飛んで隠れたというわけではなく、彼が隠したというわけでもなく、その場から消えた。最後の星もそうして返されるのを見た頃には、もうこれがトリックなどではない、事実なのだと認めざるを得なくなっていた。
 「手のひら、見せてよ」
 すべての星を返し終えて天球儀の前から下りてきた彼に、悪足掻きをするように訊いてみれば。彼はそれこそ成功を収めた手品師のように笑うので、急かしたけれど、目の前に差し出されたのは空っぽの両手と空っぽのポケットだけだった。


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