第八章


 終業のベルが鳴り渡ると、起立、礼、の声に続いてありがとうございましたという声がどこからともなく上がる。私もそれに合わせて感謝を口にするが、顔を上げた先に見えたダリアン教授は、私と目が合うとそれとなく視線を逸らした。
「エレン、ちょっといい?」
「何?」
「さっきの三問目、答えがよく見えなくて。何て書いてあった?」
「ああ、そこは……」
元々あまり話したことのない相手だ。だから関係はそれほど変わっていないし授業にも支障はないのだが、ダリアン教授にはあの日を境に、一度も声をかけられていない。準備室の前に置き去りにしてしまったバスケットのことさえ、何も言われなかった。まるで私がレトー先生を避けていることと同じことのように、私もまたダリアン教授から避けられている。しかし、意識を向けられている。黒板が見えなかったという友人にノートを貸しながらちらりと顔を上げれば、向こうがさっと逸らした。その様子をぼんやりと見て、もしかしたら、という程度に感じていることがある。あの準備室でのことは、ダリアン教授からの忠告だったのではないか。要するに、元々レトー先生を呼び出しておいて、さらにそこへ私に荷物を運ばせ、彼と会話をすることで内容を聞かせる。生徒が禁書を読むことを良く思っていない教師もいるのだという、アピールだったのではないだろうか。そして、同時に私へ、機関から声がかかっていることを教えるための。レトー先生はそれを直接伝えるのではなく、将来は開発機関へ進みたいのかという問いかけを使って、私の意思を確認した。私は全く興味がなかったから、正直にそう答えた。ダリアン教授からみれば、それも不満だったのだろう。初めからはっきり、機関から声がかかったから行ってみなさいと言われたら、確かに私も断りにくかったかもしれない。甘い、と言っていたあの台詞にも納得がいく。ただ、それでも私は断っただろうと思うので、確認に来たのがダリアン教授でなく彼だったことに今さら安堵しているのだが。


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