第七章


「何があったのか、正直に言ってください。教えてもらえなければ、助けることだってできな―――」
パン、と破裂音に似た乾いた音が響いて、息を呑んだような気配が伝わってきた。は、と瞬きをして、それからようやく自分が行ったことに気づく。伸ばされた手を、叩いてしまった。じんわりと右の手のひらが熱い。やがてそれは痛いという感覚に変わる。呆然とこちらを見下ろす彼の目に、そのうっすらと赤くなった指先に、ひどくゆっくりとああ私がやったのだという自覚が舞い降りてきた。その瞬間の、逆上せたような感情の熱さも思い出した。ああ、そうだ。
「……ごめんなさい」
「……」
「でも、そういうのがもう、耐えられないんです。庇っていただくのも、面倒をみていただくのも」
「庇う……?」
「私は機関に進むつもりもないどころか、学院を辞める気でいて。在学している限り、“レヴァス”を読んでいる……困った、生徒ですから。迷惑をかけます。そのことに、私が耐えられないだけなんです」
告げたのは、本心にとても近い言葉だった。嘘はどこにもない。ただひとつ、強いて言うならば。
「―――お世話になりました。一ヶ月間、楽しかったです」
本当は、耐えられない、申し訳ないと思うのと同じくらいに、嬉しかったと伝えたかった。誰の協力も得られないと覚悟して選んだこの場所で、味方をしてもらえたことが、本当に嬉しかった。呼び止める声を無視して、ドアへ向かって駆け出す。重いドアの軋みが身体の中で反響して、叫びだしたいような衝動に、頬にかかった髪を払った。


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