第四幕


 翌日の朝は、涼しい空気が一杯に満ちていた。昨晩に降った霧雨のおかげだろうか。雨が降ると髪や衣装が濡れると言って姉妹達は公演を嫌がるが、私はどちらかというと蒸し暑い夜より好きだった。
「レイシー」
「?」
「あなた、昨日はどこへ行っていたの?お買い物?」
歳の離れた姉が肩で切り揃えた金の髪を掻きあげながら、サンダルの踵を鳴らして近くへ来た。彼女は姉妹達の中でも一番歳が上なせいか、どことなく母に近い雰囲気を持っている。
「……そう。綺麗な町だものね、気をつけて行くのよ」
少し躊躇ったものの頷けば、微笑んでそう注意された。こう言われるということは、おそらく昨日は心配をかけたのだろう。滅多に外へ出て行かない私が、朝から公演間近まで出かけていたなんて、いつ以来のことか。末の妹などは毎日のように出歩いているが、私は公演に来ていた客から声をかけられたときにどうしたらいいか分からなくて、もう何年もあまり出かけたいと思えずにいた。
「私も少し散歩でもしてこようかしら。まだあまりこの町は見ていなくて」
「……」
「見たいものは一通り見てくることにするわ。レイシー、あなたも出かけるなら誰かに言って行きなさいね」
あまり多くを訊ねることはせず、彼女は鞄を掴むと、そのままひらりと手を振ってドアの向こうへ消えていった。後に残されたままどうしようかと考えて、私はやがてショールを手にドアを開けた。棚に置いた髪飾りを見つめて、一人頷く。もう一度、会いに行こう。昨日伝え忘れたお礼の言葉を、今度こそ伝えるために。
「あら、姉さんもお出かけ?」
ドアを開けたところで末の妹と鉢合わせた。彼女は町で買ってきたのか、流行りの楽譜を片手に歌の練習をしていたらしい。
「行ってらっしゃい」
頷けば、そう笑顔で送り出してくれる。やがて背中に聞こえてきた可愛らしい歌声を纏いながら、私は大通りへと足を踏み出した。


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