切なめを目指して。
遊び人×クール健気?
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「知ってるか、恭平。人生にはドラマが必要なんだ」
口癖のようにそれを繰り返すお前に、僕はずっと言いたいことがある。
なぁ、 真紀。
そのドラマは悲劇なのか?それとも喜劇か?
そしてなにより、ハッピーエンドになるのか?
「ただいま」
そう言って帰宅した恋人に、僕はお帰りの言葉さえ言わずパソコンへ向かい続ける。カタカタとキーボードを叩き、ひたすらに紡ぎだす文章は一つの物語。現実にはあり得ないファンタジー作品。部屋に甘ったるい香りが一瞬漂って、不快になる。
「なんだよ、またなんか書いてるの?」
「うん。ファンタジー。10000字以内で」
「うわっ、めんどくさー……」
背後でがさがさと動く恋人に一瞥もくれず、僕は比較的明るい声を出そうと心掛けてみる。
「そうでもないよー。たかが10000字だし」
「そもそも小説を考えることが俺にはできねーよ」
「真紀は作文とかも嫌いだったしなぁ」
「恭平は文章系は最強だもんなー」
「最強は言い過ぎ」
画面から視線はそらさぬまま会話をし、指を止めずに僕は課題をこなす。提出日は明日なのだ。いくら僕が恋人―――真紀よりも創作に向いていても、比較する人物が人物だ。天才でもない僕は、慢心してはいけない。ひたすら、書かなければ。
「文芸学科って課題多いし、楽しくなさそう」
しかし、出鼻を挫くような真紀の言葉にぴたりと僕の指は止まる。振り返りはしない。ただ、海のようにじっとりとした感情が胸を満たす。
「……あ、そう」
静かに僕はそう返し、再びキーボードを叩きだす。妙に無表情になっている理由なんて知りたくもない。
決定的に僕と真紀はすれ違う。
真面目だけど遠い夢を追い掛ける僕と、不真面目だけど現実的な価値観を持つ真紀。
真紀は小説なんて書く僕の気持ちを推し量ろうとしない。というかきっと、わからない。わからないから楽しくなさそうなんて、言ってくる。楽しいか、楽しくないか。その2択なら、僕は前者なのに。
僕のそんな心境も知らずに真紀は鼻歌を歌いながら浴室へ向かったことを気配で理解する。よかった。きっと今抱き付かれたら僕は真紀を拒絶していただろう。
だって、女モノの香水の匂いがあいつから漂ってきていたから。
カタカタと指はキーボードを無感情に叩く。僕しかいない部屋には無機質な音しか響かない。
暖かいはずの室内は、妙に寒々しい。もう慣れてしまったけれど、切々と積もる感情は雪のように冷たい。それは、いわゆる悲しみにも似た寂しさ。
そうして淡々と創り上げた物語は、英雄が竜に自分を殺してくれと懇願し、それを最後には聞き入れてもらえる。そんな、物語。きっと悲劇のように真紀は感じるだろう。
だけどね、真紀。
これは悲劇なんかじゃない。
英雄にとって、これはハッピーエンドなんだから。
英雄は竜に恋をしていた。種族も性別も何もかもを超越した恋だ。当然周りは反対する。初めは竜も英雄を拒んでいたが、英雄の無償の愛に徐々にほだされていくのだ。
しかし、そんな恋の物語は上手くいくことはない。世界は英雄と竜だけで完結してはいない。誰か他人がいる限り、この恋は反対され続ける。誰にも認められない恋は、いつしか認識不可能のものになる。恋は恋と呼べなくなってしまうのだ。
そうして、英雄は竜の手にかけられることを望む。
いつかくる別れなら愛する貴方を最後に見て永遠にお別れをしたい、と。
「馬鹿みたい……」
ポツリと呟いた言葉は、1人っきりのリビングに響いて、消えた。誰かの鼓膜をうつこともなく、僕の言葉はそうやって死んでいく。
なぁ、真紀。
この英雄は僕なのだと言ったら、お前はどうする?お前はこの物語を読んでくれるだろうか。本なんて、読みもしないお前が。
なぁ、真紀。僕らは本当に一緒にいていいのかな。お前は僕を本当に好きなのかな。
そんな風に鬱々としていた僕は、次の瞬間、驚きで身体を震わせた。
原因は、僕を後ろから抱き寄せるしっとりとした温もりと、耳元に囁かれた言葉。
「恭平は馬鹿じゃねぇと思うけどー」
「………風呂から出るの、早くない?」
「だってシャワー浴びただけだしー」
「ちゃんと湯船につかれよー」
「早く恭平を抱きしめたくて」
甘くて優しい声。自分より低いそれは僕が大好きな音。ずっと聞いていたい音。
「……なにそれ」
「ドラマみたいなセリフだろ?」
その声が聞こえたら、僕はきっと何も言えなくなってしまうんだ。
「ドラマ?」
「そう。だって人生にはドラマが必要だから。そんなわけで、俺はドラマチックなセリフは出し惜しみしないよ」
理由なんてなんでもいい。ただ、こいつの声なら、こいつの言葉なら、どんな内容だって僕は構わないんだよ。
たとえば今日の天気の話でも、バイトで店長に怒られたって愚痴でも、課題が終わらないって泣き言でも。
なんでも。
だって、それだけで幸せのはずなんだもの。
「ねぇ、………おかえり」
「ちょ……それ、今更すぎんだろ」
ぶはっと吹き出した真紀の身体に、僕はそっと体重を預けてみる。真紀は細い割りには力があるから、よろめくこともせず僕をぎゅっと抱き寄せただけだった。
ねぇ、僕のこと好き?
本当はそう聞きたかったけれど、答えなんて知りたくないから僕はいつまでも自分を誤魔化して温もりに縋る。
そうやって真紀の腕の中で、自分の傷つかない別れを探すんだ。
幸せな物語にふさわしい、ハッピーエンドを探してるんだ。
END
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同性愛って本当に幸せになることって難しいと思うんです。
そもそも、二人の人間がずっと一緒にいるのはとてもすごいことなんだと思います。
20110326
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