捨てるわけじゃない。

置いていくわけじゃない。


これは一歩、踏み出すため。

僕が進むためなんだ。











「本当にいいのか?」

「はい。僕、決めましたから」



誰もいないハイカンジャーの事務所。

正確に言えば僕と青木さんしかいない、事務所。



「後悔しないんだな?」

「……しません。それに、どうしようもなくなったら、戻ってきてもいいんですよね?」

「逃げ道にするつもりか。俺達を」

「すみません。でも、いざってときに頼りたいのは……仲間なんです。やっぱり」

「……そうか」



青木さんがため息まじりに僕から茶色の封筒を受け取る。

僕は今回、初めて知ったけれどこういった文書を受け取り、了承し、管理するのは青木さんの仕事らしい。普通は赤星さんの仕事のような気がするが、赤星さんにはたしかに向いていないような感じがする。そうなれば、冷静沈着を絵に描いたような青木さんがこの仕事を任されるのも頷ける。

青木さんはすっと目を細めて僕を見つめる。



「お前の決断に、黄戸と桃城が何か言ったりしなかったか?」

「え?」

「考え直せとか、あんな奴止めておけとけとか」

「いや、てゆうか、二人はむしろ僕の決断を後押ししてくれたって言うか……」


なんだか少し怒っているような青木さんに、しどろもどろになりながらも答えれば、青木さんはふっと表情を和らげて、そうかと呟く。


「ならいい。お前の決断を、みんな責めたりはしない。もちろん俺もだ」

「はい」

「だけど……――お前は、俺を責めてもいい」

「え……?」


きょとんと青木さんを僕は見つめる。冷たく整った顔には苦い表情が浮かんでいる。



「お前が、こんな決断をすることになったのは、あいつの正体を俺がバラしたからだ」

「それは」

「俺は怒っていた。俺の大切な人……赤星だけでなく、仲間にまで手を出そうとしたあいつに」

「はい……」

「だけど、どうやら俺は間違ったみたいだからな」



自嘲するように青木は口の端を吊り上げて笑う。見ていられなくて僕は俯いてそれを視界から外し、そうして震える唇を叱咤して声を紡ぐ。



「間違ってません。青木さんは、間違ってませんよ」

「………」



沈黙した青木さんに構わず、僕は続けた。



「青木さんが、停滞していた僕とあの人の関係を壊してくれたから、僕は決心がついたんです。僕は正義の味方じゃない、本当の意味でただの緑川としてあの人に気持ちを伝えたかった。だから、いいんです。僕はきっと、あの関係を自ら壊すことなんてできなかったから」

「緑川……」

「それに、仲間を助けるのは当然のことですもん。間違ってなんか、……ないです」



噛み締めるように僕はそう言った。間違ってなんかない。僕は当初、なんで壊したんだとみんなを恨んだけれど、間違ってなんかなかったんだ。本当は。

だって、あれから考えた。

きっと僕だって、みんなの立場なら同じことをしたはずだ。

だから、間違いなんかじゃない。仲間を助けたことが間違いなわけがない。


「―――お世話になりました。青木さん」


顔をあげて、はっきりそう告げると青木さんはびっくりするくらい優しい笑みを浮かべた。


「その言葉はまだ早いぞ。『計画』が終了するまで、お前はハイカングリーンだ」

「あ、そうですね」

「もう他の連中にも説明したんだな?」

「はい。バッチリです」



ニヤリと怪しく笑ってみせれば青木さんも同様の笑みを浮かべる。



「お前もなかなか強かになってきたな」

「やられ役ばっかでしたからね。今度はやる側になってみようかと。まぁ、あとはこの『計画』くらいやらなきゃ、親玉であるあの人を引っ張り出すのは難しいですし」

「少々過激かとは思うが、お前も一度経験させられたことだしな。それに、一応、仮にも相手は悪の組織。無視……なんてことも考えられる」

「それは大丈夫ですよ。あの人、部下は大切にするタイプですから。切り捨てるなんてできないんですよ。ホントお人好し」


やれやれと肩をすくめてみせると、青木さんは呆れたようにため息をつく。


「なんでそんなお人好しが悪の親玉なんだ」

「青木さんの方が適任かもしれませんね」

「どういう意味だ」

「あ、え、……すみません」


弾む会話。和んだ空気。

青木さんと二人でこんなに話をしたことってあったっけ。なんて思って、僕は過去を振り返る。

そういえば、僕はいつもクールな青木さんが苦手で、あまり話そうとしていなかった気がする。ああ勿体ないな。それは勿体、なかったなぁ。いまさら、なんだけど。


そんな回想の中、僕はふとある可能性に思い至り、眉をしかめる。青木さんがいきなり変わった僕の表情に怪訝そうに口を開く。



「どうした?」

「いえ、あることを思い出してしまって」

「あること?」

「あの人の秘書………白崎って言う方がいるんですが」



僕は慎重にあの人との会話を思い出していた。自分の秘書を語る彼はちょっとだけ誇らしそうではあったが妙に呆れたようでもあった。


「そいつがなんなんだ」



首を傾げる青木さんに僕はあの人が一番自分の秘書に呆れていた情報を口にする。


「………いつも僕らが相手をする怪人の方を、どうやら白崎さんは、その、えたく、気に入っているらしくて」

「……それで?」

「もしかしたら、あの人じゃなくて白崎さんが来るかもなぁって思いまして」

「…………」



無言になってしまった青木さんに申し訳ない気持ちになるが、僕は気をたしかに持ち、空元気を出して声を出す。



「で、でもまだ、いつも来ていたあの怪人が次も来るとは限らないですし、白崎さんが来る前にこちらがあの人が来るよう要求すれば大丈夫だと思います!」

「うまくいくといいが……」


不安そうに返答してきた青木さんにますます僕は焦るが、こればかりは僕にはどうしようもない。神に運命を任せるとして、僕は無理に言葉を重ねることを止める。



「……まぁいい。うまくいくよう、俺達が頑張ればいい」

「すみません……でも、ありがとうございます」

「当然だ。仲間を助けるのは間違ったことじゃないんだから、な」



青木さんがいたずらっ子のように笑う。それに僕も笑い返すが、うまく笑い返せただろうか。少しだけ不安になったが、青木さんの笑みが崩れなかったから、きっとうまくいったんだと信じてみよう。






『計画』は立てられた。


僕の決意は固い。





次に怪人が現れた時が、僕の正義の味方として最後の出勤になる。




卑怯と言われるかもしれない。これが正義の味方のやることか、と敵に詰られることは覚悟の上だ。

まぁ、敵に詰られたところで、おそらく僕の仲間達は蚊に刺された程度にしか感じないだろう。案外彼らは厚顔無恥だ。



『計画』はいたってシンプル。




次に現れた怪人を人質にして、僕らはあの人を呼び出す。


END


 

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