「ストレス」ってなんだ。
「ストレス」って解消できるんじゃないのか。
「ストレス」とはこんなにも蓄まるものなのか。
そもそも解消できない「ストレス」なんてあったのか。
ならどうすれば解消されるんだ。
「ストレス」って怖い…。
今日も今日とて、俺は仕事のために西から東、はてや北から南に学校中を奔走しながらため息をつく。
「そんで、若狭くん。話って一体なんだ?」
生徒会室。
仕事による多大なストレスを抱えながら俺はいた。
そして今、同じ空間にいるのは役員達の思い人・若狭くん。
大量の仕事を(役員達は手伝ってくれなかったが)やっと片付け、さぁ帰るか、と帰る準備をしていたら、何故か役員達と一緒にいるはずの若狭くんが生徒会室に訪れてきたのだ。
用がある、と言って。
当然、仕事はもうないし、話たいことがあるだけだとその後告げられたため、俺は帰らずにいる。
見据えた先の若狭くんは、頬を赤らめて思い詰めた顔をしていた。なんだ。どうした。トイレでも行きたいのかな。
「あの…ですね」
「うん」
「実は…ですね」
「うん」
「その…ですね」
「…あの、そんなに緊張しなくてもちゃんと俺、話聞いてあげるからね?ゆっくり話そうか?」
「は、はい!すいません!」
俺の言葉に赤かった頬を更に赤くする若狭くん。なんでこんなに赤いんだろ。夕日のせいにしちゃ赤すぎだし、なんだろう…。俺、なんかしたかな。
思わず自分のズボンをチラッと確認。よし。チャックが開いているわけじゃないな。よかった。開いてるの指摘されたら恥ずかしいけど、指摘するほうも恥ずかしいんだよな。あれ。
「あの…お話があるんです。どうしても聞いてもらいたいお話が」
チャックに思考を巡らせていれば、いよいよ若狭くんが話しだす。
じっと見ていると、彼も俯いていた顔をあげ、俺と目を合わせてくる。
意を決したように、彼の口が開いた。
「好きです!」
「…へ?」
思わず間の抜けた返事を返す。
え、だって。え?え?
混乱している俺を余所に、若狭くんは必死に言葉を紡いでいく。
「最初は、ただの先輩としか思ってませんでした。でも…あの日、僕が親衛隊の人達に襲われた日」
あぁ、相模にはじめてお礼を言われた日か。
俺は薄情にも告白されているのにそれを思い出してしまう。
「あの日、大和会長が親衛隊の人達に語り掛けていた姿がどうしても忘れられなかったんです。真っ直ぐで、真剣で…すごく、かっこよかったんです」
そう言い切った若狭くんはそれっきり。また黙って俯いてしまう。
俺を好きになるなんて、ホント若狭くんはどうにかしてる。
俺なんて、こんな奴なのに。
でも、人が誰を好きになるかなんてわからないもんだ。
俺があいつを好きなように。
俺は、混乱していたがすでに返事を決めていた。
たとえ振り向かれなくても、一生友達のままでも。
どんなに破天荒でも、乱暴でも、平凡でも、演劇馬鹿でも。
俺が傍にいたいのは、あいつだから。
「俺は、相模が好きだ。だから…――――若狭くんには応えられない」
そう静かに、でもはっきり告げると、若狭くんは顔をあげ、悲しげに微笑んだ。
「知ってます。見てればわかりますもん。大和会長は相模先輩が好きだってこと」
「…ごめんな」
「謝らないでください。フラれるってわかってて告白なんかした僕が悪かったんですから」
優しい若狭くん。
涙を瞳にたたえながら、彼は笑う。
小さな体を震わせて。
決して俺が自分を責めないように、自分が悪いのだと言う彼。
そんな彼に、思わず俺は口を開く。
「―――…誰かを好きになることは、別に悪いことじゃない」
「え?」
戸惑ったように瞳を揺らす若狭くん。
俺は更に言葉を重ねた。
「だから若狭くんも悪くない。誰も…恋愛に悪い奴なんかいねぇよ」
言い終わると、若狭くんは泣き出してしまった。
肩を震わせ、顔を手で覆い、必死に嗚咽をもらすまいと唇を噛み締めて。
「それでも…っごめんなさい。好きになっ…て…ごめんなさい。…ご、めんなさい!」
「…うん」
「好きっ…な、んです…。好きだったんですっ!」
「もう…何も言うな」
可哀相に、泣きながら、震えながら謝り続ける若狭くん。
そんな姿を見ていられなくて、思わず俺は彼を抱き寄せた。
すっぽり腕に収まる体。
なんて小さな子なんだろう。
「うぅ…ごめんな…さい」
「あーもう謝ってくんな。若狭くんは悪くないから。な?ほら、泣き止め」
「う、うぅ…」
ぽんぽん、と。
若狭くんの頭を更に胸に抱き寄せて、軽く叩く。
あやすように。
もう泣かぬように。
自分のせいとはいえ、誰かを泣かせるのは辛い。
そうやって、彼を慰めていると、しばらくして、嗚咽が消えていった。
今はすん、すん、と鼻を啜る音が聞こえるのみ。
すると、やがて若狭くんが俺の胸に埋めていた顔を、静かにあげた。
合わされた瞳には、いまだに涙の膜が残っている。
「もう、大丈夫です」
「…そうか」
「迷惑かけちゃって、すいません」
「別に迷惑なんかじゃない。泣いてる奴を慰めるのは、男として当然だろ」
「僕も男なんですけどね」
「あ、そうだったな」
笑って言えば、少しだけ若狭くんも笑ってくれた。
まだ目元は赤い。
けれど、俺にできるのはここまでだ。
あとは、彼が乗り越えるしかな…
その時。
ガタンッと。
思考を遮る物音。
音のした方を見れば、生徒会室の入り口。
そこに立って、こちらを呆然と見つめていた人物。
「「あ」」
思わず声を揃える俺と若狭くん。
「…何してんの」
呆然と、問い掛けてきたのは彼の人物。
平凡な顔立ちの彼。
――――相模だった。
俺は、いきなりの相模の登場に固まる。
当然質問にも答えられず、若狭くんが慌てて俺の腕の中から抜け出す。
固まる俺に真っ直ぐ目をむけ、相模は無表情。
「ねぇ、何してんの大和」
再度問い掛けてきた声は、冷たく、何を考えているのかわからなかった。
「ち、違うんです!!相模先輩!!大和会長は僕を慰めてくれただけで、他意はありません!!」
若狭くんが、そんないつもと違う相模に慌てたように弁解する。
すると、相模は俺から目を逸らし、今度はじぃっと若狭くんを見つめた。
その顔は、相変わらず無表情。
やがて、ぽつりと相模は呟く。
「お前、可愛いね」、と。
言われた若狭くんは、ぽかーんとしてしまい、言い返さない。
そりゃ、この修羅場でいきなり容姿を褒められたらぽかーんとするだろ。普通。
今だに固まっていながら、俺は現実逃避するかのごとく心の中でそうツッコミをいれる。
そんな微妙な空気の中、相模は無表情から一転、笑顔になって言葉を続けた。
「お前ホント可愛いな。…ほら、大和って背高いし、格好いいし、一応会長だし。可愛くて、小さくて…素直そうなお前とならぴったりだよ」
「相模、先輩?」
「付き合ってるんだろ?その様子じゃ。大丈夫。なんで秘密にしてんのか俺は知んねーけど、秘密にしなくても平気だって。ホント、お似合いだもん。お前ら」
そこで相模は言葉をきり、俺に歩み寄る。
俺は動けずに、そんな相模を見てるだけだった。
「大和、俺、今度の公演で終わりにする。引退しようって決めたんだ」
「え…」
「だから、見に来てくれよな。…それだけ、今日は言いに来たんだ。……じゃあな。邪魔して悪かった」
そして相模は、だっ、と走りだしてしまった。
俺のことも、若狭くんのことも振り返らず。
一心不乱に生徒会室から出ていって、逃げるように走りだしてしまった。
なぁ、相模。引退って。そんないきなり言われても処理できねぇって。次の部長は決まってんのか。美作あたりか。そしたら副部長は誰だ。日向か。なぁ、お前これからどうすんの。大学行っても演劇やんのか。なぁ。なぁ、俺、お前の演劇が好きなんだけど。何よりお前が大好きなんだけど。なのに、なのに…
言いたいことは、たくさんあって。
でも、全部言えなかった。
「大和会長…追い掛けなくていいんですか?」
不安そうな若狭くんの声。
それでも俺は、動けなかった。
「お似合いだもん」って。
なんだよ、それ。
「ははっ…、結局、俺はあいつの眼中に、なかったんだな…」
「大和会長…」
若狭くんには悪いが、返事はできそうにない。
だって、追い掛けないんじゃない。
俺は、相模を追い掛けないんじゃないんだ。
ホントは追い掛けたい。
追い掛けて、事情を説明して、誤解を解いて、そんで相模の事情も聞きたい。引退ってなんだよ。いきなりって。
でも、足が動かない。
動けない。
追い掛けられないんだ。
どうしても。
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後悔先に立たず
(たとえば俺が若狭くんを抱き締めていなければ、こんなことにはならなかったのかな…)
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