「後輩」ってなんだ。

「後輩」ってものは可愛いもんじゃないのか。

「後輩」に夢見て悪いか。

生意気なやつもいるだろう。

しかし、「先輩」と呼ばれることにロマンを感じちゃいけないか。



「後輩」ってそういうもんじゃなかったのか…。





先輩呼びにロマンがあるのに、会長とばかり呼ばれる俺は、ため息をつきつつ今日も今日とて頑張っている。








「僕は…僕は○○の親友じゃないか! 誰がなんて言おうと、それは変わらない。僕は、変えたりしない!」


「△△…お前」





第二体育館の中。

舞台の上で、物語はクライマックスを迎えかけている。

主人公が友人に語りかけ、友情を確認しあうシーン。


物語の全貌は、最初から見ていないのでわからないが、クライマックスだけで、俺が泣きそうになっているのは秘密だ。感受性が豊かで悪いか。



やがていくつかのセリフのやり取りの後、主人公の少年がパチン、と大きく手を叩く。


その瞬間、少年が纏う空気が変わった。




「――――はい! とりあえず今日はここまでにすっか! みんな、今日はもうあがりにすんぞ」

「「「はい!」」」



主人公の少年から、役者は「相模」に変わった。

手を叩くのはその合図。

何度も見ているが、やはりあれは凄い。

表情が変わるとか、口調が変わるとかそんなもんじゃない。

演劇をする相模は、まるっきり違う人物みたいだ。





「…つーかさぁ、また会長は来たわけー?」




部員が撤収作業をする中。


相変わらず舞台に立ったままこちらを見下ろしてくる相模。


さっきまでの真摯な眼差しや、涙を誘うような空気は何処へやら、いつもの彼だ。偉そうに腰に手をやり、舞台の中央でふんぞり返っていた。




「視察だ視察。演劇部はどこよりも金かけてんだから、ちゃんと部活やってるか確認してんだよ」


「失礼な! ちゃんと部活してるっつーの!!あったりまえだろ!」



びしっ!、とこちらを指差し相模は厳しい目を向けてくる。

それに俺は肩を竦めてみせ、座っていたパイプ椅子から立ち上がった。




視察なんて、嘘に決まってんだろ馬鹿相模。





胸中で一人呟き、椅子を折り畳む。

この椅子は自分で出してきたものだったので、片付けようと持ち上げる。


ふと気になって舞台を見上げてみるが、途端に悲しくなった。さっきまでいた相模は忽然と姿を消していたのだ。もう帰ったのか。行動の早いやつめ。




そう不貞腐れていたから、背後の気配に気付かなかったんだ。





「片付けてきてやるよ!」



そんな声が聞こえたかと思ったら、手に持っていた椅子の重みが消えて驚く。



「うわ! え、相模!?」



振り返れば、いつの間に舞台を降りてきたのか、ニヤリと笑いながら、相模が俺の手からパイプ椅子を奪っていた。




「毎度毎度、感動して泣いてるお客さんに対しての、ちょっとばかしのサービスだから、有り難く思えよな!」


「おまっ…俺は泣いてなんかねぇ! ちょっと涙ぐんでただけだ!」



言い放たれた言葉に、眉を吊り上げ反論すれば、相模は愉快そうに益々笑みを深めて俺を見る。




「はいはいはーい。大和がそう言うなら、そういうことにしてあげますよぉー」

「ムカつく! 言い方がすっげームカつく!」

「ごめーん。わ・ざ・と☆」

「うっぜぇー! お前すっげーうぜぇ!」

「うぜぇなんて言われ慣れてるもんねー! そんなこともわかんなかったの? あ、大和はわかんないよな! だってバ会長だし!」

「この前からお前、バ会長バ会長うっせぇよ! …つーか、俺、馬鹿じゃねぇし。テストでいつも上位にいるし。お前にだってテストで勝ってるし! よって馬鹿とは言わせねぇ!」

「…なに一人で盛り上がってんの?」

「お前が悪いんだ馬鹿ぁ!」



ぜぃぜぃと、俺は肩で息をしながら相模を睨む。


そんな俺に対して、相模は可笑しそうに笑うだけで何も言わず、茶化すように片目を瞑ってみせパイプ椅子を担いで去って行ってしまった。


その姿を黙って俺は見送って。




「――――はぁ…」




ため息を、つく。

からかわれて、言い返して、またからかわれて。


そんなことを繰り返して。


仲はいい。確かに、仲はいいんだ。



暴走ばっかりしてるわけじゃなくて、相模だって、ちゃんと話せばわかるやつだし。

明るいやつだから、話すと楽しいし。

仲良くなれたのは、なれたんだ。この二年間で。



でも、それだけ。





それだけしか、距離は縮まってないんだ。



相模が俺をどう思ってるとか、そんなことがわかるわけもなく。どうしてももどかしい気持ちが胸を支配する。




「はぁ…」





そうして再度、ため息。




「―――あ! 大和会長!」



そんな風に、人知れず俺が、演劇部が撤収していく第二体育館で落ち込んでいると、聞き覚えのある声がかかる。

声の方を見やれば、出入り口の付近にやはり見覚えのある姿。



透き通る白さの肌。

ぱっちり二重の大きな目。

桜色の小さな唇。

ハニーブラウンの髪。



何かと学校を騒がしている、可愛らしい彼の人物。


―――若狭くんだった。




若狭くんは体育館用のシューズを持って来ていなかったので、たまたま通り掛かったらしく、声をかけてきたが近付いては来なかった。


声を掛けられた手前、仕方なく俺が彼の方に歩いて行ってやる。


すると若狭くんは嬉しそうな笑顔に。可愛いなぁ。飼い主に構ってもらえた犬みたいだ。実家の愛犬を思い出すなぁ。





「どうかしたか?」


「あ、いえ。特に用はなかったんですけど、お散歩していたら見かけたので思わず声かけちゃいました…」




そう言って、照れたように彼は頬を染めて笑う。


そんな若狭くんに俺は眉を寄せた。

だって、この前親衛隊に襲われたばかりなのに一人で「お散歩」って。

危機管理能力が欠如してるのか。その辺りも実家の愛犬に似ている。あいつも危機管理能力が欠如している馬鹿犬だった。でも、可愛いけど。すごく可愛いけど。とてつもなく可愛いんだけどな!


しかし、物思いにふけりすぎて黙っいたら、若狭くんが目を潤ませはじめてしまった。




「あの…もしかして迷惑でしたか?」




そんな感じで、愛犬についてちょっとばかしトリップしていた俺を、不安気に見上げてくる若狭くん。


申し訳なくなり俺は眉を下げる。




「いや、迷惑なんかじゃないよ。ただ、処分がすんだからってまだ安全と決まったわけじゃないから、あんまり一人で歩かないようにな」


「あ…そうですよね。…すいません。僕、帰りますね」

「あぁ、それならちょっと待ってて。北見に連絡するから」


「北見先輩に…?あの、なんでですか?」




俺が注意したからか、しょんぼりしてしまったが、若狭くんは怪訝そうに携帯を操作する俺に問い掛けて小首を傾げる。




「一人は危ないからな。北見に寮まで送らせるよ」



言いながら、北見に電話をかける。

すぐに北見に繋がり、そちらに集中する。








「――――大和会長に送ってほしかったなぁ…」




そんな誰かの呟きは、誰にも聞かれず。





***********



「ふぅ…」




電話きってからすぐ、颯爽と現れた北見に若狭くんを預け、俺は息をはく。いかにも「後輩」とした然の若狭くんに、俺はどうにも肩肘を張ってしまい疲れる。…ふん。どうせ俺はカッコつけたがりだよ。



そんなことを考えていたら、がしっと首にに腕を回される。しかも二本。誰だ!?

と、呑気に思っていたら回されていた腕が俺の首を締めあげ始める。




ヤバイ。

これは死ぬ、死ぬ、死ぬ!


そう青ざめる俺に楽しげな声がかかる。




「あははー見ちゃいましたぁ。会長ってあんなのがタイプだったりするんですかー?」


「ねぇねぇねぇねぇ! 会長さん、あれって噂の王道な総受けくん!? ねぇそうなの!?」




答えてほしけりゃ腕をどうにかしろ!


と、怒鳴れるはずもなく。
薄れゆく意識の中、その時、俺の耳は救世主の声を拾う。




「日向(ヒュウガ)、因幡(イナバ)…。会長の首締まってるから。それじゃ答えるに答えられないから。離してやれ」






途端に首が解放された。



「ゲホッ!…お前らなぁー! 俺を殺す気…ゲホッゴホッ!」


「会長大丈夫ですかー? ゆっくり深呼吸した方がいいですよー?」


「それより早く答えてよ! 俺の質問に! ねぇ、あれは総受け? あの可愛い人は総受けなの!?」




首を解放されても尚、咳で苦しむ俺を余所に、日向と因幡と呼ばれた犯人達は、そんなことを宣う。相変わらずひでぇ。




「すいません会長。なにぶん加減を知らない奴らなんで…」


「ゲホッ…まぁいい。いつものことだし。美作(ミマサカ)が謝ってくれたしな」





やっと呼吸が落ち着いてきた俺は、そう言って謝るそいつと、その後ろの素知らぬ顔をしている犯人達を見やる。



「ありがとうございます。ほら、お前らは謝れ」


「えー? 僕悪いことしてないし。だから謝らないからー」


「それより総受けなの!? 答えてよ! 焦らしプレイなの!?」



今の言葉は上から順に、美作、日向、因幡。


そんな彼らは相模の後輩。

演劇部なのだ。




「美作、もういい。日向の悪意あるラリアットと、因幡の興奮状態には慣れたから。だから日向は謝んなくていい。それに謝られたら逆に気持ち悪い。で、因幡、とりあえず総受けってなんだ。あれは若狭 湊くん。北見達の片思いの相手だ」




一息で全員に返事をしてやり彼らに向き合う。

大道具をバラしたり、他の部員が撤収作業を頑張ってる中、こいつら何してんだか。


思わずふと撤収作業をしている光景見れば、遠くで相模がこちらを見ていて目があう。

しかし、すぐに(しかも勢いよく)目を逸らされ若干傷付いた。…地味にへこむ。




そんな俺の視線の先と様子に気付いているのかわからないが、日向が眉を寄せて口を開いた。




「さっきのラリアットはー、誰かさんが可愛い子と話してるのが悪いんですからねー」


「は?」




意味がわからなくて聞き返す。

見れば美作もなんだか複雑そうな顔をしていて、因幡なんかは何故かどや顔をしながら頷いていた。




「そんな鈍ちんな会長にはー、相模先輩はまだ預けられないでーす。…って言いたかっただけだからー。じゃあ僕は撤収作業に戻りまーす」


「あ、ちょ…おい日向! 意味わかんねぇよ!」




そう呼び止めても、日向は振り返りも、止まりもせずに舞台に戻ってしまった。


さっきの言葉はなんなんだ?



本気で意味のわからない俺は、真剣に悩みはじめる。


若狭くんと話してたのがダメだったってことだろ?でも何でダメ?しかもあの口振りだと誰かが俺にヤキモチ妬いてるってことだよな…。え、誰が?日向が?いやいやいや!それはない!それは気持ち悪い!うわ…鳥肌たってきた。俺にヤキモチ妬く日向…か。想像したくねぇ…。






「美作せんぱーい。相模先輩も会長も…馬鹿なのはお互い様だよね。まぁ萌えるけど!」


「…あぁ。ホント馬鹿だよなぁ…」



美作と因幡がそう呟いた声。


思考にふける俺の耳には届かずに。


――――――――――――

悪戦苦闘


(そんな感じで頑張ってたりします)

 


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