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人が多い空間は、とても苦手だった。

 

 

席につき早々にご飯を食べ終えて、部屋に戻ろうとした時も、3人は一緒に戻ろうと隣に並んだ。

 


「今日もうまかったなー!おばちゃんの飯!」

「ふわぁ…なぁさっさと風呂入ってねよーぜ」

「三之助は明日委員会だからなー」

 

ぐだぐだと会話をする3人の話に耳を傾けながら歩く。

 


「孫兵!明日の授業何?」

 

ふと、富松がそう声をかけてきたので、はて、なんだったかな、と思案を巡らせたとき。

 

「おっ!三馬鹿じゃーん!」


賑やかな声が聞こえ、僕は動きを止めた。

 

「その呼び方はやめろっつってんだろ!」


どうやらそいつは3人と同じくろ組の生徒らしかった。

 

にんまりと笑った顔がどことなく不快で、僕は眉間に皺を寄せた。

 

富松は慣れたようにそう言葉を返すと、明後日の方向へ歩こうとしている次屋を引っ張り、無理矢理引き戻した。次屋の顔から察するに、どうやら苦手な人物らしい。


そいつの視線が、富松から次屋へ、次屋から神崎へと移動し、そして、僕の方へと移動したとき、あからさまにそいつの顔が歪んだ。


「え、なに。お前らこいつと一緒にいんの?」

 

その言葉と視線で、何が言いたいのかはすぐにわかった。


異形のものを見る目。
恐怖と嫌悪が混ざった、目。


スッと、自分でも、感情が消えたことがわかるくらい、心臓が冷たくなった。

 


「は?どういう意味だよ」


富松が怪訝そうに口を開けば、そいつは少し口端をあげ話始めた。

 

「お前らだってしってんだろ?こいつが危険な毒蛇を首からかけて歩く変なやつだって。」

 


思い出すのは今までに言われてきた言葉。

 

「いっつも無表情でなに考えてるかわかんねーし、話し掛けても無愛想」


いつだって、純粋に友達として話しかけられたことはなかった。

 

「ちっとも笑わねーしさー」


あるのはただの馬鹿な好奇心と、

 

「お前らもどうせ同情でいるんだろうけどさ、かかわんのはやめたほーがいいんじゃね?」


…、同情のみ。

 


そんなことは、わかっているはずだったのに。

 


改めて突きつけられた言葉に、心が空っぽになるのを感じた。

 


ガツン、

 

鈍い音がしたのは、その時で、

 

僕はゆっくりと顔をあげ、目の前の光景に目を見張った。

 


神崎が、頭突きをしたのだ。

 


額を押さえ涙目でしゃがみこむそいつと、額を赤くした神埼を呆然と見つめる。

 


「謝れ!」


神崎のよくとおる声が、食堂中に響き渡った。

 

シーン、

 

ざわついていた室内が静寂に包まれる。

 


「ってぇな!何すんだよ!」


痛みからようやく復活したらしいそいつが、神崎をにらめば、神崎はそれに負けじとキッと睨み返す。

 

「まごへーは優しい。まごへーは面白い。
まごへーは、いい奴だ、ジュンコだって賢くていい奴なんだぞ…!」


「なにも知らないくせに、勝手なこと言うな!
まごへーとジュンコの事をなんにも知らないお前が、勝手なことを言うな!
同情なんかじゃないにきまってるだろ、友達だから一緒に居るんだ!

…−っ、僕の友達の悪口を言うな!」

 

涙目になりながら、そう叫んだ神崎。

心に何かが刺さって、思わず息がつまった。

 


「とも、だち?」

 


言葉にしてみても、どうにも実感がわかない。

 

 


だって、初めてだったから。
そういう言葉をもらったのは。

 

 

 

「お前なんか、だいっ嫌いだ!」

 

ぐしぐしと乱暴に袖で涙をぬぐい、どん、とそいつを押し退けて外へとはしりだした神崎にあっ、と思わず声が出る。

 

「……悪ぃ、孫兵。左門のこと、頼んでいいか?」

 

ぽん、と肩を叩かれ振り替えれば、そいつを睨んだまま話す富松の姿。


右手にはしっかりと次屋を繋ぐ紐が握られている。

 


僕はその様子にこくりと頷くと、そいつに目も向けることなく外へと駆け出したのだった。

 

 

目の前を駆け抜けていった友の背を見送り、ゆっくりと動く影二つ。


「さて、お前ぇには言いてえことが山ほどあんだよなぁ」

「アンタさ、下らねぇこというの、いい加減にしろよ」

 


…−食堂では大変な騒ぎがあったことを、僕は後日知ることになる。

 

 

 


「はぁ…、はぁっ、」


雪に足をとられて、うまく走れない。


夜風は刺すように冷たくて、痛い。


「っ、…あ、…」

 

食堂から少し離れた、草むらに踞る影。


神崎はそこで一人顔を隠ししゃがみこんでいた。

 


人通りのないこの場所は、ジュンコが冬を越すために眠っている場所で、その偶然に驚きながら、僕は神崎の隣に並んだ。


顔と足の隙間から時折嗚咽が漏れ、僕は苦笑いをこぼした。


「左門、」

 

名前を呼べば、くぐもった声でおう、と返す神崎。

 

「僕は、気にしてない、から」

 

誰かに、こうも優しく声を掛けるのは、久々だった。

 


ずずっと鼻をすする音がして、がばりと顔をあげた神崎。


その表情はとても険しくて、僕はぽかん、とその様を見つめた。

 


「嘘つき!」

 


鼻も、目も、真っ赤にして、神崎は僕にそう怒鳴った。

 

「嘘なんかついてない」

 

「でも、納得いかない!」

 


…あぁ、もう。

 

さっきまではいろんな感情がぐちゃぐちゃになってたのに。

 


小さく笑って、懐から、手拭いを取り出して、神崎の顔を拭いてやる。

 

「諦めてたんだ。」

 

ポツリと話すのは、自分の気持ち。

 

「僕の好きなものはみんなと違っていて、それが理解されないのは当たり前なんだって。」

 

幼い頃から、長い行列をつくりあるく蟻を見つめる僕は、どこか異形だった。

 

両親は気にしてないようだったけど、友達は居なかった。

 

例えば、ずっと見守ってきた蜘蛛の子が孵ったとき、喜びを分かち合ってくれる人はいなかった。
例えば、大好きなジュンコが冬眠をしたとき、一緒に悲しんでくれる人はいなかった。

 

…僕の回りには、誰もいなかった。


…でも今は。


「神崎たちが、僕が寂しくならないように側に居ることを知ってるよ。僕には、それで十分だ」

 

ぽかん、と口をあけて呆ける神崎の顔に、思わず吹き出して笑う。

 

「皆から理解されなくていい、好かれなくていい。」

 


「僕には、君たちがついているんだろう?」

 


ポカン顔から、笑顔に変わる。

 

「………っ、おう!」

 

いつものように、花が咲いたみたいに笑う神崎につられて笑う。

 

「さ、帰ろうか。」

「おう!」


「……道、逆だけど。」

 

食堂と真逆の方へ歩き出そうとする相変わらずの方向音痴に呆れて笑う。

 

「ほら、」

 

差し出したのは右手。

 

神崎は迷うことなく僕の手を握り返して、ゆっくりと歩き出すのだ。

 


地面には二人分の足跡。

 


きっと春、ジュンコを迎えに行くころには、4人分の影があるのだと考えると、心が暖かくなった。

 


「まーごへ、」

「ん?」

「へへっ、はじめて名前で呼んでくれたな!」

「……っ、あ、れは、富松と次屋につられただけで、」

「あの二人のことも名前で呼べばいいのに、きっと喜ぶぞ!」


「……………………。」

 

 


4人で居る機会が増えるのはすぐ未来のことで、
また新しい仲間が増えるのは、もう少し先のこと。

 

二人の仲が特別になるのは、きっと…

 

 

 

 

(冬、君と手を繋いだ、冬)

 




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涙華様から頂きました計4作の孫さも小説…!
とまっつん格好いい!
そして孫さもが…!孫さも好きすぎて!

本当に本当に素敵な頂き物ありがとうございます!
そして一人で楽しみすぎてupするの忘れてました…(笑)









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