冬。
吐いた息が白く染まり、淀んだ空に、雲に紛れて溶けていく。
暗い空とはうってかわり、地上は何日もかけ降り積もった雪がわずかな太陽の光を受けきらきらと輝いていた。
いつもある、首にかかる重量感がないことに、胸にぽっかりと穴が開いたような感覚に陥る。
…寒い上に、生き物の息づく気配が消える冬は、毎年訪れるものながらも、大嫌いだった。
僕は換気のために開けていた障子をぴしゃりと閉めたあと、後ろを振り返り、ため息混じりに言葉を吐き出した。
「…で、いつまでここにいる気?」
「まーまー堅てぇこと言うなよ孫兵」
「そうだぞ!まごへー!」
「だってお前、外呼んでもこねーじゃん。」
僕の部屋だというのに、畳の上に足を投げ出し寝転びくつろいでいるろ組の三人に、ため息をつく。
名前を呼ぶ許可もした覚えもないのに、勝手に居座り勝手に話しかけてくるろ組の名物トリオ。
「なー、この書物の続きねーの?」なんて、
嗚呼本当に、なんて自由な奴ら。
前に少し話をしてからというもの、彼らはなぜかよく僕に絡んできた。
例えば、合同授業のとき。
例えば、食堂で一緒になったとき。
彼らは当たり前のように僕のそばに来て、あたかも最初から約束していたように声をかけるのだ。
‘ほら、まごへー!早く行くぞ!’
側にいるのが当たり前のように、
側に居るのが、当然のように。
人見知りなジュンコも、なぜかこの3人にはなついていて、それが不思議でならなかった。
「…ほんとうに、変なやつら…」
「ん?なんかいったかー?孫兵」
「別に、独り言だよ」
自分が持ってきたお菓子を頬張りながら、首をかしげる次屋に短く返す。
自由で気の使わない、変な奴等。
でも、自分でも疑問に思うほどに嫌な気持ちはまったくしなくて、僕は自嘲混じりに小さく笑ったのだ。
「おっ?なんだなんだ?楽しそうに笑いやがって!」
「なにか楽しいことがあったのか?!」
「?」
3人三様に、悪戯っぽく笑いながら、キョトンとしながら、純粋に不思議そうにしながら反応を返す彼らに、「なんにもないよ」と返す。
彼らは顔を合わせたあとにんまりと笑うと姿勢をおこし僕を見た。
…なぜか、嫌な予感がする。
「なんでい!もったいぶんなってー!」
「そーだそーだ!」
「…よいしょー」
「ち、ちょっとっ…!」
がばり、と音が付き添うなくらい腕を開き、そのまま倒れ混んでくる3人に、慌てて避けようと身を捩るがそれは遅かったらしく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
3人ぶんの体重がのし掛かり、僕は畳をバンバンと叩いた。
大きく笑い声をあげる3人に、
なんだか可笑しくなって、僕も呆れながら笑う。
4人分の笑い声が部屋に響いて、
それが、冬というものに不釣り合いな気がして、なんだかとっても居心地がよくて。
まったく、仕方がない人たちだな、とまた笑った。
ゴーン、
ヘムヘムの、夕飯を知らせる鐘が鳴り響き、慌てて外を見れば、いつの間にやら陽が随分と落ちていることに気づき、その一日の早さに驚いた。
「おっ、飯か。」
いち早く反応したのは次屋で、それに合わせて本を閉じたのは富松だった。
「よし。んじゃ食堂に行くか!」
「「待った。」」
いそいそと本をあった場所に戻し、準備万端といった風に障子に手をかける神崎に富松と同時に待てを掛ける。
大分なれてきた方向音痴の扱いに、なんだかため息。
いそいそと紐を二人の腰にくくり、よし。と満足そうに頷く富松に、大変そうだ、と見守る。
前に富松がこの二人の面倒をどうしたら同時に見られるかと相談してきたとき、生物の委員長が毒とかげに首輪をつけて散歩をしていたことを思いだし、それを告げれば、それから嬉しそうに紐を用意し二人につけるようになった富松。
時々、これでいいのだろうか?と疑問に思うことはあるけど、彼らは別に気にしていないようなので黙っておく。
がらりと障子を開ければ、行き場をなくしていた風が一気に入り込み、その冷たさに思わず身震いした。
(…ジュンコは、大丈夫だろうか、)
思い返すのは、寒さに弱い彼女のこと。
「ほら!まごへー!早く早く!」
紐に繋がれながら、こちらにぶんぶんと大きく手を振る神崎にゆっくりと歩き出す。
早く春が来ないだろうか。
ほう、と吐いた息は暗闇に消える。
「…早く、行くか。」
こちらを振り返り笑顔で待つ3人に、ため息をついた。