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丁寧な投げやりの先に

「むーくん、まってよー」

その声に紫原が振り返って其処にいるのは可愛らしい自身の好きな女の子なのだが、彼は首を傾げた。
見えていないフリをしているのだ。

「ちょっとちょっと、ここだってば!!」

くいくいと自分の洋服の裾を引っ張るその姿が紫原はたいそう好きで、何度彼女に叱られてもやってしまうのだ。

「あー、ごめーん、名前ちん小さすぎて気づかなかったー」

「あたしが小さいんじゃなくてむーくんが大きいんですー」

ぶーと膨れっ面の彼女もまた紫原のお気に入り。
お気に入りシーンが二つ、必ず連発されるので紫原は飽きずにこのやりとりを誘導するような態度をとる。
因みに、確かに紫原は日本人にしては規格外の身長だが、彼女の方も150cmを少し越えたくらいで、日本人女性の中でも小さい部類だ。
だから紫原の言うことはあながち間違ってはいない。

「むーくん、明日のお弁当は何がいい?」

そんな事を喋りながら二人で寮までの帰り道を歩く。
紫原が通常歩いて10分。
名前の足で20分。
その歩幅差はどんなに小さく見積もっても1.5倍、いや2倍はありそうだ。
普段ならその長い足の恵みにあずかり、巨大な歩幅で歩く紫原たが、名前と歩く時だけは窮屈そうにそれを狭めて歩く。
他の人とだったらそんな事をしない紫原だが、彼女ならば面倒とかそういう感情は一切ない。
それは彼が彼女を大切に思っているからなのだが、そういったことに鈍すぎるこの幼馴染は紫原の想いに気づけない。
彼が中学一年の時に恋心を自覚してからもうそろそろ三年間が過ぎようとしているが、この幼馴染、いくら黄瀬や他の面々が気付かせようと頑張っても、くっつけようとどんな場をセッティングしても名前には通用しなかったのだ。
可愛らしいと思う反面、そろそろ我慢ができなくなりつつある紫原。
しかし素直に好きと伝える勇気が彼にはまだない。

「むーくん、聞いてるの?」

小、中と東京育ちの彼女が秋田に来たのはひとえに紫原が心配だったからだ。
今だって学食ではまかないきれない紫原の胃袋を満たすため、彼女は毎日弁当を作って彼に手渡す。
勿論、彼の好きなまいう棒も忘れない。
そんな細かいところまで気のきく、且つ可愛らしい彼女だから、狙っている男は数多といるはずだ。

と、氷室が言っていたのを思い出す。

きーてるし、と彼女に答えながら隣の彼女を見ると、その小さな頬を再び膨らませて不満を訴えている。

「嘘、絶対聞いてなかった」

「ほんとだってー、明日のお弁当のおかずでしょー?」

まいう棒と真面目に答えたら、それはおやつなの、と怒られた。
じゃあなんでもいーや、というともー、それが一番困るんだよ、なんて。
はたからすれば、まるで夫婦のような会話なのに、それでも彼らは幼馴染。
それが紫原にはいやでいやでしょうがない。
正直、明日のお弁当よりもそっちの方が大事だ。
しかし、この関係が終わってしまうことは嫌だった。
毎日美味しいお弁当が食べられて、軽口を言い合えて、ふざけあって、寮まで一緒に帰って…

断られたら、このままいられなくなるかもしれない。

その想いが今まで紫原を踏みとどまらせた。
けれど怖さと反対に想いはもう抑え切れそうになくて…

「ねえ名前ちん」

寮までの帰り道、すっかり暗くなった冬空の下、紫原はバスケの試合より緊張しながら彼女の名前を呼んだ。

「なあに?」

先ほどの不機嫌はもう直っていて、今は笑顔で自分を見上げてくる彼女が愛おしい。

「今から俺が何言っても、名前ちんはずっとこうしててくれる?」

「へっ?」

「だからー、こーやって一緒に帰ったり、お弁当作ってくれたり、お菓子くれたり」

「え、うん、勿論いいけど。ていうかどうしたのむーくん、今日変だよ?熱でもあるの?」

背伸びをしておでこに手を当てようとする名前の手を、紫原の大きな手が捕らえる。

そうして

「すき」

と、ぶっきら棒に、ちょっと投げやりな感じで、けれど彼女の目をしっかり見て紫原は想いをぶつけた。



丁寧な投げやりの先に

「私も、すき、だよ。むーくん、ううん、敦のこと」

真っ赤な顔の彼女が出した、最上級の答えがあった。


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企画「ユニゾンプレス」様に提出

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