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嘘を噛み砕く

突然だが、私は今人生最大の危機に陥っている。

何かと言えば、体育教師に頼まれて放課後体育倉庫に物品を取りに行ったまさにその場所で発作に見舞われているのだ。

発作と言っても病気ではない。

人狼の発作なのだ。

人狼は満月を見ると狼になるなんて、そんなのはただの迷信。

私の知り合いに両親の他に人狼はいないが、満月を見るが原因ではない。

確かに月の満ち欠けに左右されていることは否めないが、満月の夜が一番発作が起きやすくなるのだ。

そもそも、発作が起きるのは暗い場所。

殆ど自分の手しか見れないくらいの場所で起こる。

だから、満月の明るい夜外を歩いているだけで発作は起こらない。

だけど、そのまま真っ暗な場所へ入ってしまったら、もうダメだ。

因みにうちの両親はどちらも血の薄い人狼だから、発作も殆どない。

だが、そんな二人の血が半分ずつ混ざった私は、かなり人狼の血が濃くなってしまった訳で。

ほんの少しなら大丈夫だろうと油断した数分前の自分を恨みたい。

「はっ…くぅ…」

苦しみと熱が身体中を這い回る。

発作は始まってしまえば一定時間放置しないと終わらない。

湿っぽい壁に手をついて、自分の身体を支える。

襲いくる痛みに唇を噛んだその瞬間。

体育倉庫の扉が開いた。


「あれ、苗字さん?」

声をかけられて恐る恐る顔を上げると、同学年の赤司くんがいた。

「どうしたんだい?真っ青じゃないか」

私に近づいてくる。

ダメっ、ダメっ、

「来ちゃ、だめ…」

弱々しく出た否定の声に彼は耳を貸すことなく近づき、私の隣に立った。

「なんでだい?そんなに苦しそうなのに?他に人を呼ぼうか?」

「うう…ん、いいっ、からっ、これ…」

「ああ、さっき先生に頼まれていたやつだね。僕が持って行っておこう。その代わり…」

彼は言葉と共に物品を取って外に出ると、扉を締めて…



ガチャリ


「ここにいてもらおうかな」

確かに旧校舎の倉庫だから、くる人は少ない。

だから、鍵さえかけてしまえば一定時間は安心だが。

「くっ…うあぁっ…」

なんで彼は私を閉じ込めたのだろう、と考えたところで痛みの波に襲われ、私は思考を手放した。


再び、思考が回復したときには痛みや熱は収まっていたが、はあ、とため息をついた。

いくら両親より血が濃いと言えど、所詮は半人狼。

完全な狼になることはなく、頭の上にオオカミの耳とお尻の付け根に尻尾が出来て、四つ足歩きが少し上手くなるくらい。

ハロウィンの仮装とかでやれば可愛いと持て囃されそうな格好だが、それが身体に直接ついているものだと分かれば一体どうなることやら。


やがて、耳や尻尾がなくなった頃もう一度ガチャリと音がして扉が開いた。

「赤司、くん」

「やあ、ご機嫌如何かな?」

近づいて来た彼の笑顔が少し怖い。

「うん、もう治まったよ。」

「そうか、じゃあ一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな。」

嫌な、予感がした。



「君は一体何者なんだい?」



血の気が引いていった。

「へ、何いって…」

「さっき君の頭には耳が見えたけど、今はない。カチューシャだったら、今もつけている筈だろう?」

もう一度聞く、君は何者なんだ?




私の仮初めの日常は、その日音をたてて崩れ去った。

あれから一年。

「発作かい?」

「だい、じょうぶっ…」

「嘘はよくないね」

そう言いながらも私の背中を摩ってくれる赤い髪の彼はいつの間にやら私の彼氏となった。

因みに、私の秘密はまだ彼を除いて他の人には知られていない。


痛みが治まると

「不思議なものだな」

と言いながら、彼は私の耳を撫でる。

「んぅっ」

それが性感帯だと分かったのはつい最近だ。

それに味をしめた彼は私を家に上げるとき電気をつけなくなった。

「名前はこれが好きだね」

「すきじゃ、なっ、ふぁ」

撫でる指が荒々しくなって、彼が微笑んだ。

その色違いの目を三日月型に歪めて…




嘘を噛み砕く。


彼の前ではどんな嘘も強がりも誤魔化しも通用しない。

彼は人でありながらも、気高い狼のようだ。





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