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想像していたよりも、ずっと早く

自分が彼女の1番の男である自信があった。けれど、気がつけば自分の立ち位置は正真正銘の兄に変わっていた。真っ白になった思考の中で、恥ずかしそうな彼女の笑顔だけがはっきりと浮かんでくる。

ああ、どうしろと言うのだ。
このどうしようもないほどの愛情と執着を。
自分の全てを賭けて愛したい相手であるというのに、彼女にとって自分は兄でしかなくて。

「僕って、すごくバカだ」

屋上で、総司はポツリと呟いた。
それでも、と総司は思う。
彼女は、どんな事をしてでも手に入れたいと。























想像していたよりも、ずっと早く

(子供は大人になっていた)



「はくおーう、ファイ、オー!!」


チアリーディング部の声が遠くで聞こえる。目の前の相手がゆらりと動いた瞬間、意識はそちらへ戻された。

右だ。

総司が右方向に払えば当然のごとくがつん、と竹刀がぶつかり合った。それでも振った勢いがある分だけ総司の方が有利である。そのまま相手の竹刀を弾き飛ばした。

「それまでっ!!」




大きく息を吐いて、面を外した。まだ五月であるが、今日はどうにも暑い。水分と塩分をこまめにとっていても熱中症になってしまいそうだった。ああ、暑い。

「沖田先輩っ!!」

駆け寄ってきた小さな姿に、総司は胸の奥にどうしようもないものがこみ上げてくるのを感じた。焦げ茶色のまとめあげられた髪はいつだったか優梨がまっすぐで羨ましいとこぼしていた。愛らしい笑顔で自分を見上げる。きっと、優梨のことがなければこの子は今でも自分のお気に入りであっただろうと総司は思った。

「なに、千鶴ちゃん?」

どうしても当たりが厳しくなってしまう自覚がある。目の前の彼女が困った顔をして、傷ついているのもわかっている。だからと言って直せるものではなかった。

「あ、の…タオルとドリンク…」

「ああ、ありがとう。」

どういたしまして、とぎこちなく微笑む千鶴にもはや意識は向かなかった。きっと、この子のせいで自分の大事な彼女は涙を流すであろうことが分かっているから。

「あ、斎藤先輩っ!!これ、どうぞ」

「ありがとう。」

彼が千鶴に向ける笑顔が優しい。自分と彼と千鶴は通っていた道場がずっと一緒であり、幼い頃から仲も良かった。優梨も総司の迎えに顔を出すため彼らと彼女も顔見知りではある。中学は別であったが、同じ高校に入って本格的に千鶴と友達になった優梨が羨ましいと言っていた焦げ茶色のまっすぐな髪がさらりと揺れる。
可愛らしい笑顔を斎藤に向ける千鶴。
斎藤も戸惑いながらも優しい笑顔を向ける。
たぶん、彼らが想い合っているのにうすうす感づいているのは自分だけではないだろう。

彼らを憎むのは筋違いだと、よく分かっていた。それでも、自分の大切な人を幸せにしてくれるなら兎も角、傷つけることが許せなかった。

それなのに、彼らが思い合っているから安心している自分がいる。彼女を手にするチャンスがまだあると喜んでいる自分がいる。
自分の幸せと、彼女の幸せ。
頭ではどちらを選ぶか、分かりきっているのに、従えない自分にイライラする。

ああ、かくも人間の心とは思い通りにならないのか。

諦めにも似た気持ちで総司は竹刀を振った。



「あーあ、最悪」

部活帰り、総司は満天の星空にため息をこぼした。結局答えは出るわけがないのだ。はっきりしない自分に苛立ち、仲睦まじく話す千鶴と斎藤に内心八つ当たりをする。そんな日々が続いてもう、一週間。
丁度、その時。

「おっ、総司じゃねえか!!」

「お疲れさん、もう帰るのか?」

「左之さん、新八さん」

そうですけど、と総司が返すとそーだ、と永倉が声を上げた。

「お前もこれから飲み行こうぜ!!」

「馬鹿、新八。未成年に酒勧めてどーすんだ。」

俺ら教師だぞ、と苦笑する原田にあ、そうだったな、つい、と笑う永倉。昔から酒ばかり飲んでいた2人だが、総司はこの2人が嫌いではない。


「そーいや優梨はどうしたよ」

「帰りは時間合わないので別々ですよ。たまに一緒にもなりますけど」

「なるほどな。」

「じゃああいつも呼んで飯行こうぜ!!奢るからよ」

「おい新八、また俺に払わせる気かよ」

もう払わねえぞ、という原田に頼む、貸してくれ、と両手を合わせる永倉。相変わらず賑やかで、けれど今の自分にはすこしだけ煩わしくて…
総司が一つため息をこぼしたその時。

「あれ、お兄ちゃん?」

鈴を鳴らしたようなソプラノが耳に届く。
振り返ると、練習あとだからだろう髪を低い位置で結んだ優梨が立っていた。普段はいるはずのない時間であるから目を見開く。

「どうしたの、こんな時間まで。」

「うん、土方先生に悪戯したのがばれちゃって。お説教。」

てへへ、と笑う彼女が愛おしい。先ほどまでの悩みやいらいらが全て何処かへ消えていくようだ。

「で、今日は何したの?」

「うん、古典苦手で宿題できないから解答用紙に土方先生かいて誤魔化そうと思ったら怒られちゃった。」

それからみっちり古文の補習1時間だよー、と彼女が笑う。ずっと土方と2人でいたところは気にくわないが、彼女が笑っているから自分も笑う。

「流石だな、沖田兄妹」

「全くだ。お前ら怖いもの知らずすぎんだろ」

原田と永倉が苦笑して言うと、二人は笑ってこう言う。だって兄妹ですもん、と。
その時、原田は違和感を感じた。満面の笑みを浮かべる優梨と少し影を含む総司。それは今まで数多くの経験を積み重ねてきた原田だから感じ取れたであろう、違和感。

「じゃあ補習を頑張ったお前さんに夕飯をおごってやんねえとな」

「え、本当ですか!?」

「けどこの近くだとバレたらマズイんじゃないですか?」

あ、と口をそろえる大人2人。
そんな2人に彼女が一言。

「あの、家きます?」






こうして普段は2人しかいない食卓も今日は普段より賑やかに。帰る途中のスーパーで食材を買い込み、近場のユニクロに寄って大人2人は泊まる気満々。家に帰ってからは入れ替わり立ち替わりで風呂に入り、食事の準備をして…

そんなこんなで、

「「「「いただきまーす」」」」

真ん中に置かれたすきやきを囲んでみんなで手を合わせた。
鍋から自分の倍の速さでおかずを食べていく男3人を優梨は微笑みながら見つめる。これでは誰が年長なのか全くわからないが、昔からのことであるので彼女は気にしていない。それに、このすきやきとて具材を切ったのは殆ど優梨であるから、美味しい美味しいと食べてもらえて安心しているようだった。

「あーっ!!やっぱ優梨ちゃんの料理は格別だぜー!!」

「だな。お前、いい嫁さんになれるぜ」

「相変わらず彼氏の1人もいませんけどね」

「優梨ちゃんに彼氏なんてものが出来たら総司がボコボコにしちまうんじゃねえか?」

「うーん、斬っちゃうかも」

大人2人はビールを、子供2人は麦茶を飲みながら話に花が咲く。普段は教師と生徒であるがこうして集まれば兄妹のような関係に戻る。特に近藤、土方、永倉、原田は沖田兄妹の姉、みつとも仲が良いため頻繁に2人の家に来ていたから尚更だ。

すきやき鍋が空になるのもあっという間。
時間が経つのもあっという間。
優梨と永倉は先ほどまで仲良くスマブラをしていたが、今は仲良く寝息をたてている。

「あーあ、もう。しょうがないんだから。」

そう零して総司が優梨を抱き上げるのを見たとき、原田は違和感の正体を確信した。
抱き上げた総司の目に映る、二種類の愛情。
それを正確に読み取っていた。

「おい、総司。お前…」

「……分かってますよ。間違ってるって。」

相変わらず聡いやつだ、と原田は内心舌を巻く。自分が観察の目を向け、確信したら止めようとしていることも察していたようだった。

「だから、どうしていいか、わからない。別の子を好きになろうとしてみても、もうずっとこの子しか見えない。」

彼女を抱き上げた総司の腕が震えている気がした。
それでも彼の若草色の瞳が、かなり大人びていた。
わからない、と言いながらも行先は決まっている、そんな目だった。

「殴るなら後にしてくださいね。優梨、部屋まで運んできますから。」

そう言って部屋を出て行く2人の姿を、原田は切なげに眉を寄せて見送った。
あんなに似合いの2人の笑顔が崩れていくのはそう遠くない。
そんな気がした。
それでもここで自分たちが介入したところでさして良い方には転ばない。

「お前の行く先、光は当たらないかもしれねえぞ、総司」

そう呟いて、原田は手にしたビールを一気に煽った。

mae ato