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君を守るために死ねるなら

息が切れる…
所詮はこんなものか、とため息が零れた。
それでも血で濡れた剣を持ち直す。
既にその愛刀は血糊がべったりとついていて、それを一振りすると誰のものかも分からぬ血が飛び散って地面に紅い斑点を作った。

帰らねば、ならなかった。
男装した私を受け入れ、新選組の幹部として育てて下さった土方さん、近藤さんのため、私の帰りを待ってくれる幹部仲間、組の皆のため。
そして、自分の愛した男の顔をもう一度見るために…

不思議だ。
あれほど苦しい思いをしたと言うのに、最後に会いたいと浮かんだ顔はあの人の顔だなんて…


「原田さん」

私が呼んでも、彼は素っ気ない対応しかしなかった。
それは多分、彼に好きな人がいたから…

「原田さん」

同じ名前を呼んでも彼女には極上の笑みを浮かべていた。
ああ、何故届きもしない人に想いを寄せたのかと何度も思った。

けれど、彼もまた叶わない想いを抱えていた。

「斉藤さん」

彼が恋した、私と同じく男装した少女はいつだって、ただ一人を見ていた。
そして、その彼と結ばれたのだから。

そう、私達の想いはお互い平行線だった。
どこまで行っても決して交わることはない。


分かり切っていたことだけれど…


「せめて、伝えられたらなぁ」

そんな事をぼやいて、目の前に現れた刃を避けた。
そのまま、腕を振るえば肉を切り裂く感触が伝わった。

彼らはもう、逃げ切れただろうか?
山崎さんになりすました私の変装は今頃暴露て、副長はカンカンだろう。
いや、心配しているかもしれない、優しいあの人のことだから。
まあどちらにしろ今帰れば、一刻にも渡るお説教が待っているだろう。
その足の痺れを想像して、クスリと笑みを零してから、白刃を振るった。

浅葱色の隊服はおびただしい返り血で、元の色の部分の方が少ない。
あーあ、あの色好きなのに…
私の、誇りの色なのに…

彼への想いを抱えて、苦しい思いをしている時もこの色は私を支えてくれた。
私はここの組長なのだ、という気持ちがあった。
だからこそ…

仲間を殺めた敵を、一人でも多くあの世へ送ってやりたかった。

歩きながら息を整え、襲って来た敵を切る。
首が飛び、血が噴き出しても私の怒りは収まらない。
平助を化け物にし、私の隊の組員を何人もあの世へ送ってくれた新政府軍の兵士たちへの憎悪はいつまでもふつふつと湧き続けた。

けれど、流石に限界かもしれない。
手が痺れ始めた。
長時間刀を振るっていたのが、仇となったのだろう。
それでも斬ることはやめない。
確実に一人、また一人と命を絶っていく。

「大将は、どこだ。」

低い声で告げる。
けれど誰も答えない。
奇声をあげて私を取り囲むだけ…

どうやら、その時が来たようだ。

目を閉じて刀を握りしめる。
それから、高い位置で結わえた髪に血塗られた刀の刃を当てた。
女にとって髪を切ることは命を犠牲にすることと等しい。
それでも、迷いはなかった。
ブツブツ、と音がして髪が地面に散らばる。
その途端、私の脇を風が通り過ぎた。

ああ、風よ…
もし私の思いを聞き届けてくれるなら、一つ頼まれて欲しい。
この、まだ茶色い髪の一本でも彼に届けて。
私の想いと一緒に…

風がまた、さあっと通り過ぎた。
そして、その時にはもう、人間の私など死んでいた。

「命が惜しくないなら、かかって来な」

角のある額と、金色の瞳を月明かりに照らされた水溜りが反射する。
争いの種になる女鬼など、一人でも少ない方がいい。
そして何より、あの風間という男にだけは貞操を犯されたくなかった。

そう、ここにいるのは一匹の化け物。
でもその化け物が生きていられるのもせいぜいあと一刻ほどだろう。

「さようなら、左之助さん」

涙が一粒、風に舞うと共に、それを追い風にして私は駆けた。

青白い、優しい月明かりが一人舞うように剣を振る化け物を照らした。




君を守るために死ねるなら

それは私の本望だ。




「名前っ」

彼が自分の名を呼んだ気がして、化け物は小さく微笑んだ。


「さようなら」

もう一度だけ、化け物は呟いて刃を振り上げた。

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