「いい?魔法はそんなに簡単じゃないのよ」

左手を腰に当て少し胸を張ると、右手で僕の鼻を指差してマリーは言った。黙ってこくりと頷く。
マリーはとてもよく喋る。息継ぎも無しにいくらでも喋った。魔法というものがどんなに難しいかとか、人間には無理だとか、魔法使いは特別なんだとか。初めて覚えた魔法の呪文の事から、今いくつの魔法が使えるか、そして練習している魔法の事も。ひと通り話終わると満足したのか、にっこりと笑って最後に言った。

「ジニー、来てくれてありがとう。でも魔法は教えられない」



じんわりと涙が浮かんだ。どうしても魔法が使えるようになりたいんだ。たった一つでいい。別に沢山の魔法が欲しいわけじゃない。


「ジニーが知りたい魔法は中級なのよ。魔法っていうのはステップを踏みながら覚えなきゃ駄目なの。いきなりは無理なのよ、それに、」


マリーはまだ喋っていたけど、僕は途中で走り出していた。木のドアを思い切り開けて、暗く寒い森の中へ。僕の名前を呼ぶマリーの声が何度も響いていた。

いくらか走った後、一つの大きな木の下に座った。太い根が露になってくねくねと這っている。家にある絵本に出てきた木みたいだ。吐く息は白くて、そのまま凍ってしまいそうなくらい寒くて、僕は小さく丸く体を抱き締めた。木の上ではやはり梟がホーホーと鳴いている。マリーは魔法を教えてくれない。それなら他に魔法使いを探せばいいんだ。そう思い立ち、僕は冷たい森の中を歩き始めた。




まだ冬が来る前なのにうんと冷え込んでいる。そんな森の中を歩くのは辛い。お腹も空いてきた。この森に来てからどれくらい経ったんだろう。リュックの中から、持ってきた目覚まし時計を出して見てみた。

「どうして!」

目覚まし時計の針はぐるぐる、逆回りに回転し続けていた。また涙がじんわり溢れ出す。こんなもの役に立たない!放り投げると木に当たりガシャンと壊れてしまった。それからハッと思い出す。ママに買ってもらった目覚まし時計なのに。声をあげて泣き叫んだ。








「ジニー!ジニー!」
マリーの声だ。

マリーは上から落ちてきた。ううん、そんなんじゃない。マリーはふんわり舞い降りてきた。雪の結晶みたいに、鳥の羽みたいに、ほうきに乗って!


「駄目よジニー。森で迷うと危険なのよ。さぁ乗って、帰りましょ。怖くなんてないわ、しっかり掴まって」


「魔法を教えてくれる?」


マリーは困った顔をして、目覚まし時計ならすぐに直してあげるわ、と言った。

僕はマリーの後ろでほうきに乗りながら、「魔法を教えて」と何度も繰り返した。マリーは目覚まし時計の事を繰り返すだけだった。

マリーの家に戻ると、マリーはすぐに目覚まし時計を直してくれた。針はやっぱり反対に回りっぱなしだったけど。それから暖かいスープを作ってくれた。スープと暖炉とランプの灯りに、僕はすっかり暖まった。






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