体育館に戻るともうあの女子の群は姿を消していた。当然南もいなかった。あたしは浅く息を吐いて、スカートのポケットからケータイを取り出した。手早く南へ『先に帰るねー!』とメールを打って送信した。ケータイをたたむと、サブ画面が光って今の時刻を表示した。もう夕方の5時を回ろうとしていた。あたしは急いで教室へ走り鞄を手に掴むと、滑るように階段をかけ降り下駄箱でローファーに履き替えて家まで猛ダッシュした。
ケータイを右手に握りしめ、走りながら時刻を確認した。
あたしは5時30分から始まる空手教室へ急いだ。空手を始めたのは中学一年生の頃から。始めたきっかけはよく変な人に追いかけられる南を守るためからだった。最初は、車で送り迎えしてもらえば安全じゃない?とよく南に言っていたけど、南は頑なに拒否していた。その理由は今思い出しても自然と口元が緩むようなとても嬉しいものだった。
『碧と一緒にいたいのっ!!』
ぎゅっとあたしの手を握って言った南は女のあたしでも頬を染めてしまうくらい可愛かった。その時からあたしは彼女を守れるくらい強くなろうと決意したのだ。
あたしが思い出に浸りながら走っている時だった。丁度曲がり角を曲がった瞬間鞭があたし目掛けて飛んできた。とっさに横に跳んで避けたあたしは、それが飛んできた方向を見てがっくりと項垂れ、苛立ちを募らせた。
「やだ、当たらなかったわぁ〜」
「…〜っ!またかよっ!!もういい加減にしてよ!よりによってこんな日にーっ!この厚化粧ババア!!」
「あらぁ〜そんな汚い言葉を使う子はぁ〜痛い目にあわせてあ〜げ〜るっ!はあっ!!」
バシバシとあたしに向かって鞭を叩きつける厚化粧妖怪ババア。その度にギリギリかわしたり、掠めたりして避けるあたしは徐々に近付いて行き、しまった…!とババアが言葉を口にだした瞬間鞄で頭を殴りつけた。
「はぁ、は、はぁ……ど、どーよ!教科書と分厚い国語辞典の威力は…っ!」
倒れた厚化粧ババアを見下ろして、息を切らしながらも勝ち誇った笑みを浮かべたあたしは鞭を掠めて傷を負った腕や足を気にしながら空手教室へ向かうために妖怪ババアを横切り、ふらふらと歩いた。
「……っま〜ち〜な〜さ〜い!!」
「…っ!!!うぐっ……!!」
「よくもやってくれたわねぇ〜。あんたは痛め付けて、殺してあげるっ!」
「っぐ、あ!…がぁっ!!……っ!」
ミシミシと鞭があたしの身体を締め付ける。鞭が肌に食い込んで血の流れを止める。腕が紫に変色しているのが見える。胸を締め付けられて息を吸えず、苦しく、目に涙が浮かんだ。
「スター・センシティブ・インフェルノ!!」
突然滲む視界に眩しい光が差し込んだ。
同時に妖怪ババアの苦しむ叫び声も響き、締め付けていた鞭は力を失い緩くなり地面に落ちた。
「っは、はぁ、はっ、あ…っ、」
「大丈夫?」
「は、っ…、だっ、じょ、ぶ、はぁ…」
座り込んで胸に手を当て必死に酸素を体に取り込むあたしの前に銀髪の女の人が音も無く現れた。どうやらこの人があの厚化粧ババアを倒したらしく、妖怪の姿は消えていた。女の人は必死に息をするあたしの肩に手を置いて、地面に膝をつきあたしと同じ目線になるように腰を落とした。
「深呼吸しなさい、ゆっくり。」
「…はぁ………はぁ……」
女の人に促されるまま深呼吸をすると、大分落ち着きを取り戻した。
「あ、ありがとう、ございます…えっと……」
「セーラースターヒーラー。」
「ありがとう、ヒーター。」
「……………あなた、それわざと?」
綺麗な微笑みを見せていたヒーターは一瞬にして顔を歪めて、眉間に皺を寄せてあたしみつめた。あたしが目を丸くして不機嫌な彼女を見つめていると、盛大な溜め息を吐いてヒーターは立ち上がった。
「ヒーターじゃないわよ」
「え?」
「ヒーラーよ!!人の名前位ちゃんと覚えなさいよ、それとも本物のバカなの?。」
「な…!」
あたしはムッとしてヒーラーに反抗しようと口を開いたけれど、彼女はバカにしたような笑みであたしを見下ろすと次の瞬間には目の前から消えてしまっていた。開いた口が塞がらない状態で呆然とその場に座ったままだったあたしはケータイの着信音で、はっと我に帰り、音を鳴らすそれを手に取り開いた。5時30分を報せるアラームだ。
あたしは急いで立ち上がり走りだした。
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