「うっわ…女子の群れだ…」
放課後、一年生の棟に行くと既に1つの教室の辺りを女子が群がっていた。遠巻きに眺めていると女子の群れは段々と移動し始めて、方向的に体育館へ向かっていることがわかった。あんな集団が体育館に入り込んだら全校集会みたいに密集するに違いない。しかもオプションで黄色い歓声とか付いてくるんだよ絶対。顰(しか)めっ面をしていたあたしの腕を南は掴み、にこりと微笑んだ。逃げちゃ駄目だよ?とその笑顔が語っていた。あたしは肩を落として溜め息を吐いた。
「行こ!」
「は〜い…」
半ば無理矢理連行された体育館は予想通り人口密度は高くもれなくオプションも付いていた。女子の高く黄色い声が煩くて南の声が聞き取りにくい。
「あ!セイヤだ!!バスケやってる!カッコイーっ!!碧、前行くよ!」
「え、ちょっと南!どこ行くの?!南!みーなーみーっ!!」
南は人を掻き分けてどんどんと前に進んで行った。あたしも行こうとしたけど…生憎後ろから新たに追加した女子の群れに呑み込まれて前に行くどころか、酸素を吸うのに精一杯になった。
「いった!足踏むなよーっ!ぎゃっ!」
あたしは押され揉まれ、次いでに転けて体育館の外へ出た。唖然と入口まで押し寄せている女子の後ろ姿を見つめ、口がふさがらない。
「…もうやだ。だから人混み嫌いなのよ…」
立ち上がり、制服に着いた埃を手で払って、今日何度目かわからない溜め息を吐きそうになったのを、はっとして止めた。
(これ以上幸せ逃してどうすんの、あたし!)
「よしっ!自販機行こう!!」
てくてくと人気のない校舎内を歩いて外に出た。自販機でジュースを買って庭にある大きな桜の木の下に座った。さわさわと風が吹いて芝生を撫でる。はらり、と落ちる桜の葉がスカートに乗った。
「落ち着くー…」
あたしは自然が大好きで、気付いたら良く此処に来ることが多々あった。しんどい時も、辛い時も嬉しい時も…いつも此処に来てしまう。お昼は太陽が真上に来て木漏れ日がとても暖かい。あたしの癒しの場。
あたしは寝転んで、芝生に耳を付けた。ザァア、と強く風が木を揺らした。目を閉じて音だけの世界に入っているとふいに、さく…、と芝生を踏んでこちらに近付く音が聞こえた。
「あんた何してんの?」
「……う〜ん……大地の音を聴いてる、のよ。」
「……ふーん」
近付いて来た男の子は銀髪でペリドットのような瞳を持っていて、すごく整った顔をしていた。
まぁそれとは裏腹に何だか生意気だけど…多分一年生。
あたしは起き上がって男の子を見上げた。
「あんた上原 碧でしょ?」
「何で知ってんの?」
「あんたって変な奴だね。」
あたしの質問を流して変な奴と言った男の子は見下したように笑った。
「その変な奴に声かけるなんて、君も変な子なんだね!」
ふん、と鼻で笑ってやると男の子は目を見開いた。次の言葉の攻撃に備えて身構えていると、強い風が吹いた。木が激しく揺れ、たくさんの葉が舞い落ちた………それも丁度あたしに。
「っ!わ、何!葉っぱが…っぶ!」
顔を上げると顔面に沢山の葉が落ちて来て、慌てて手で払っていると、男の子は呆れた様子であたしを見ていた。
「な、何よ。」
「やっぱり変な奴だね、あんた。」
「変、変って君、失礼な人だね!」
「………あんたさ、僕達のこと知らないの?」
「?知らないよ。」
あたしが怪訝な表情で首を傾げると男の子はさも不愉快そうに片眉を吊り上げた。何か一々人を見下すなぁこの人。
「僕達のこと知らないなんて信じられない…。」
大きなため息を吐いた彼は、伏せた瞳をあたしに向けると一歩足を踏み出した。
「え、何、」
男の子はあたしに近付いて来くると、あたしの目の前に立ち手を上げた。反射的に目をきつく瞑ると、はらりと頭上から何かが落ちた。そろりと方目を空けて落ちたそれを見てあたしはぽつりと呟いた。
「……葉っぱ…?」
「僕は夜天 光。あんたバカっぽいからすぐ忘れそうだけど、一応教えといてあげる。」
「な…バカっぽいって何!?どうせバカだけど、バカだって頑張ってるんだからね!」
「やっぱりバカ。…じゃあね、碧。」
ヤテンくんはまた呆れたような顔をあたしに向けると背を向けてスタスタと帰って行った。嵐が去り静寂が戻った中庭で、再び一人になったあたしはゆっくりと立ち上がり制服に降り積もった葉っぱを払うと、顔を上げ小さくなっていく彼の背中を見つめた。
「…なんなのよ。」
あたしは紙パックを片手に持ち、ゆっくりと校舎へ戻った。
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