プリズム | ナノ

空の色を映したような淡い青い瞳が弧を描いている。唐突に声を掛けたその人物は瞳と同じ色のウェーブのかかった長い髪をふんわりと風に揺らし、周りが目を疑うような露出の高い格好で恥ずかし気もなく立っている。目のやり場に困り一瞬視線を泳がせた碧は、はた、と自分の名前を呼ばれた事を思い出した。

「え、っと…」

声を発したものの言葉が続かず、しかし頭の中では疑問が次々と浮かんでは消える事なく渦巻いた。そんな碧の様子に目の前の女性は更に目を細めた。

「私はセーラーアルーミナムセイレーンと申します。」

戸惑う碧に向けて、セイレーンと名乗ったその人物は手を差し出した。碧は差し出されたその手とセイレーンを交互に見やると、相手が名乗っているのに名乗らないわけにはいかない、と思い躊躇いがちに手を伸ばした。

「ど、どうも。…えっと、私はー」
「上原碧さん。ですよね?」
「どうして」
「知っていますわ。」

柔らかい声が、刺すような声音に変わり思わず顔を強張らせた。セイレーンの表情は先程とは変わらない笑顔の筈なのに、その瞳は冷たく光っているように見えて碧はぞくり、と背筋を震わせた。
その時、後ろから強く腕を引かれ驚き振り返ると、怒りを露わにセイレーンと名乗るその人を睨み付ける夜天の姿があった。碧は突然の出来事に頭の中が処理出来ない情報で一杯になってしまった。夜天君。小さな声で名前を呼ぶと掴まれた腕に僅かに力が込められた。

「何が目的なの。」

彼の声音は低く、冷たかった。
雲間に隠れた月が晴れ差し込んだ光に照らされたセイレーンは妖しく微笑んだ。

「その方を、消すことですわ。」

そう言って胸の前で腕を立てて構えた彼女は真っ直ぐに、何の感情も読み取れない鋭い瞳を碧に向けている。
碧の背中に嫌な汗が流れ、鼓動が早鐘を打つ。息をしようと開いた彼女の口はカラカラに渇いていて、まるで今から天敵に駆られる蛙のような気分に陥った。
彼女の胸に不安が渦巻く中、耳に届いたのは夜天の声だった。

「そんなことさせない。ヒーラースターパワー!メーイクアップ!」
「な…!?」

セイレーンの驚く声が意識の片隅に聞こえた。目の前が光の渦に飲まれていく。何が起こっているの?あたしは目を見開いたまま、光の中心点を見つめていた。眩い光が晴れた時、そこに現れたのは以前あたしを助けてくれた彼女の姿だった。

「…ヒー、ラー?」

名前を呼んだあたしに視線を移した彼女は困ったような表情で、しかし優しい声音で言った。

「貴女は私が守ってあげる。」

どうしてだろう。何故か涙が込み上げて来た。不安じゃない、これはきっと安心したからだ。涙が頬を濡らした時、ヒーラーの細く綺麗な指が目尻の涙を拭った。彼女の新緑の瞳が優しく細められた、刹那黄色く光る玉が二つ、こちらに向かって飛んできたのが見えた。
ヒーラーが即座に碧を抱き上げてそれを避けると、セイレーンは悔しそうに唇を噛んだ。

「スター・センシティブ・インフェルノ!!」

バチバチと激しい音を立ててセイレーンに向かって放たれたヒーラーの攻撃は突如現れた電話ボックスによりセイレーンに当たることなく防がれた。

「今日のところは一旦引きますわ。ですが必ずあなたを消してさしあげますわ、さん。あなたを消すことがギャラクシア様からのご命令ですの。」

「ギャラクシア?!!」

思いもよらない敵の発言にヒーラーは思わず声を上げた。
何故、自分達の故郷を滅ぼしたギャラクシアがセーラー戦士でもない碧を狙う必要があるのか、ヒーラーは考えを巡らせた。
ギャラクシアからの命令なら、今まで碧を襲っていたファージの理由もつく。けれど、それでも気にかかることは…碧から星の輝きを感じないこと。一体碧はー。

「っ…あっ……っ!」
「碧?!!」

碧の苦しそうな声を聞いてヒーラーがはっとしたように振り返ると頭を抑えて踞る碧の姿があった。ヒーラーが砂浜に膝をつき彼女を覗き込むと普段は優しげな彼女の眉が苦痛に歪められていた。あまりの激痛のせいかその瞳にうっすらと涙を浮かべ顔を青くする彼女に、ヒーラーはどうすることもできずにただ彼女の名前を呼びつづけた。

「…っ、や…て………」
「碧!!」

痛みで朦朧とする意識の中で碧は虚空に手を伸ばした。ヒーラーがその手をしっかりと掴むと、安心したのか薄く微笑み、彼女はそのまま気を失ってしまった。