プリズム | ナノ


海へと続く道を碧と夜天はただゆっくりと歩いた。夜の静寂にさざ波の音が穏やかに流れる中、二人は他愛もない会話をぽつりぽつりと交わした。濃い群青色の夜空に瞬く星の輝きをその瞳に写し綺麗だと呟いた彼女はそっと掌を夜空へと差し伸ばした。

「宝石…よりも儚くて、綺麗だね。」

命みたいだね、と呟いた碧に夜天は目を見開いた。
星を見て綺麗だと言う人間は沢山いるけれど、命のようだと言った人物はこの地球で出会った沢山の人の中でも碧だけだった。
ふ、とあの輝きは何百光年も前の輝きで実際はもう失われてしまった星だ、と授業で話していたのを思い出した夜天は痛みに耐えるように、眉根を寄せ拳を握り締めた。
そんな彼の様子を知ってか知らずか、碧が夜天の名前を呼んだ。彼は地面に視線を落としたまま弱々しく、何。と一言答えた。

「星は燃え尽きても、また生まれるんだって。」

生まれては、命を燃やし、また生まれてくるんだと。私達生命と何ら変わらないんだと。
碧はゆっくりと穏やかな口調で語った。それは夜天の心に溜まっていた澱をすーっと流し清らかな水を与えるように、溶けていった。

「…そう。」
「うん…。」

寄せては返す、波の音が近い。
歩く道はいつの間にかさらさらと肌を撫でる冷たい砂浜に変わっていた。
少しズレて歩く二人の足跡が砂に飲み込まれるように消えていく。夜の海は怖いほど静かで、暗く、冷たい。そんな海を照らす月と星の光はとても優しく、温かく思えた。
二人は並んで砂浜に腰を下ろすと、何をする訳でもなく波の音を聞いて、星を眺めては短い会話を繰り返した。

「あたし、皆とこんな時間を過ごせて本当に良かった。きっと一生、忘れない。」
「大袈裟。」
「そうだね…。でも本当にそう思ったの。もう高2だし、来年受験もあるし、遊べないからね。」
「…ふーん。」

残念そうに笑った碧はゆっくりと立ち上がり服に付いた砂を落とすと、戻ろうか、と夜天に言葉を投げた。まだ、もう少し二人でいたいのに、と言う感情が胸を支配したけれど夜天は何事もないように取り繕うと面倒くさそうに、はいはい。と返事を返し彼女同様立ち上がり砂を払い落とした。

「夜天君」
「何」
「付き合ってくれてありがとう。」

いつもの、明るい笑顔とは違う。この広い穏やかな海のような、優しい微笑みを浮かべた碧に夜天の胸は小さく脈を打った。
喉元ままで、抑えていた感情が言葉となり競り上がった。言ってしまいたい。でも、言ったらこの心地良い関係が崩れてしまうかもしれない。夜天は葛藤した。
そんな彼に気付くことなく碧はゆっくりと砂浜を歩いている。
その時、碧の細い腕を夜天が掴んだ。どうしたのだろう、と振り返る彼女が見たのは鋭い目を真っ直ぐ一点に注ぐ、今まで見たこともない怒りを露わにした彼の姿だった。戸惑いながら、彼の視線を追うとその先に人影が見えた。その人は月の灯に照らされ妖艶に微笑んだ。

「こんばんは、上原碧さん。」