プリズム | ナノ


別荘に戻ったあたし達はそれぞれ着替えると、テラスでバーベキューをすることにした。南が用意してくれた食材を、プロのような無駄のない動きで大気君が手際よく捌いていくのを見て、思わずあたしと南は拍手を送った。手馴れてるね、と言えば大気君は料理番組で習ったり家で作ったりするので慣れました、とあっさり言ってのけた。芸能人ってすごい、と心底思った瞬間だった。
準備が整い、先程は大気君の華麗な包丁捌きに霞んでしまった女子力を発揮するため気合いを入れたあたしだったが気付けば席に大人しく座り星野君がせっせと焼いてくれたお肉や野菜を食べていた。女子力が高い四人に囲まれてあたしのちっぽけなプライドは小枝のようにポキリと折れた。
鍋奉行ならぬバーベキュー奉行を発揮した星野君のおかげで沢山あった食材は余る事なく綺麗に食べ終わる事が出来た。楽しかったバーベキューも終わり、部屋で一息吐いているとノック音と共に星野くんが片手にトランプを持って現れた。

「大富豪やろうぜ!」

彼のそんな一言であたし達は三人の部屋へ集まる事になった。
どれだけ時間がたっただろうか、何度やっても大気君と南の二強のせいで大富豪になることが出来ない。
革命を狙ってタイミングを見計らっていると隣の夜天君がまさかの革命を起こし、わなわなと震えながら彼を見ればお見通しだったのか意地悪な笑みを向けられた。
最後はいつまで経っても貧民から抜け出せないあたしを不憫に思ったのか皆が協力して大富豪にしてくれた。なんて優しい世界なんだ、と涙した。
まだテーブルゲームを続けるという四人に脳をフル回転させたせいか少し疲れたから自分の部屋に戻ると伝え、部屋を出た。
扉を開け、電気を点けないまま深く一息吐くとベッドにダイブした。柔らかい布団がふわり、と受け止めてくれた。うつ伏せの体を仰向けにして片腕を天井に向かって伸ばし、手を翳した。
賑やかだった空間から一変して静かで穏やかな空気が包む部屋で、あたしは今日の事を思い返した。こんなに楽しい時間を過ごしたのは久しぶりでもう来年の計画まで頭をぐるぐると回り、お腹のあたりがくすぐったくなった。
ふ、と窓の外を見れば満点の星が夜空にキラキラと宝石のように輝いていた。ふわりと、カーテンを揺らした潮風が規則正しい海の満ち引きの音を優しく運んでくれる。

「……海。海行こう。」

思い立ったら即行動するあたしは早速部屋から出て海に向かった。一階に降りるために星野くん達の部屋の前を通れば室内から沢山の賑やかな声が聞こえた。お手伝いさんたちも大富豪に参加してるんだろうか。楽しそうな声を背に、中央にある階段を降りた。そのまま真っ直ぐ歩いて大きな扉を開けて外に出た。玄関ホールの扉を開けた直ぐ前にある大きな噴水がライトアップされ神秘的な雰囲気を演出している。噴水を通り過ぎ乱張りの天然石が美しいアプローチを歩けば温かな光に照らされた雑木林のような道が続く。
昼間とは違う顔を見せる光景に恍惚とした。

「碧!」

あたしが別荘の門を潜ろうとした時、聞き覚えのある声に名前を呼ばれ振り返ると、走って来たのか少し息が上がっている夜天くんの姿を捉えて目を丸くした。

「どうしたの?」
「碧こそ、こんな遅くにどこ行くの。」
「海行こうかなって。」

そう答えれば夜天君は形の良い眉を寄せて、怪訝な表情を浮かべた。

「海って…昼間あれだけ遊んでたくせにまた行くの?」

夜天くんは信じられないとでもいうように、ため息を吐いた。

「夜天くんも行く?」
「行ってもあげてもいいけど。」
「用があるなら無理に付き合わなくてもい、」

言い終わる前に夜天君の手があたしの腕を掴んだ。驚いて、夜天君を見ればそっぽを向きながらポツリと何か呟いたけれど、風に揺れた木々のざわめきに掻き消されて上手く聞き取れなかった。

「ん?何か言った?」

小首を傾げるあたしを明るいエメラルドの瞳がじっと見つめている。何だか今日の夜天君は様子がおかしいように思う。あたしが困ったように眉を寄せると、夜天君は盛大なため息を吐いた。

「…別に。」

ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に夜天君は小さく微笑っていた。