プリズム | ナノ



「お待たせ。」

エントランスのソファに腰掛けテレビや雑誌を見ている三人に南が声を掛けると、気付いた彼らが振り向き僅かに目を見開いた。

「碧さんどうしたんですか、その荷物。」

大気が驚きを隠さず、浮き輪に体を通し右手にシュノーケル、左手にスイカのビーチボールを掴んだ碧に声を掛ければ彼女は少し照れながら、持って来すぎてしまったと笑った。南にもそんなに要らないだろうと諭されたけれど、皆も使うかもしれないから、と無理矢理持って来てしまったのだという。彼女なりの気遣いに、スリーライツの三人は納得といった様子で体一杯で海を楽しみもうとしている碧を見やった。

「とにかく、海行くか。」
「そうだね!」

星野と南を先頭に別荘を出た五人。大気は荷物を沢山抱えた碧を心配してふ、と振り返ったけれど、ある事に気付きすぐに前に向き直った。海に続く道を歩きながら彼の口元は緩く弧を描いていた。

「そんなに持って来て馬鹿じゃないの?」

先を歩く大気の後ろで、荷物を抱えた碧に夜天がいつもの憎まれ口を叩いている。しかしそんな彼の言葉にいつもは言い返す碧だったが、今回は夜天の言っている事が正論だったため、例え馬鹿だと言われようと否定出来なかった。

「そうだね…張り切り過ぎちゃったよね。」

へら、と力無く笑う碧に夜天は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。違う。そんな顔が見たかったわけじゃない。夜天は手を握り締めた。

「貸して。」
「え?」
「歩くの遅いから、仕方なく持ってあげるって言ってるの。」
「えええ、や、夜天君どうしたの、何か今日優しくないですか。」
「何。いつもは優しくないってこと?」

ジロ、とエメラルドが碧を捉えて彼女は慌てて首を左右に振った。

「ううん、そんなこと…ない、のかな…」

蘇る夜天との会話に、果たして優しさ等あっただろうかと些か疑問に感じた碧は眉を寄せた。
じっ、と夜天の顔を見つめながら彼が優しさを見せた瞬間を記憶から探している碧にさすがに気恥ずかしくなったのか夜天は彼女の手からスイカのビーチボールを奪うと、後ろで何か言っている碧を放ってスタスタと先を歩いていってしまった。
残された碧は夜天の後ろ姿を見送りながら、ビーチボールを奪い取る程海で遊びたかったのか、と夜天の意外な一面に驚いていた。




鮮やかな一面の青とエメラルドグリーンと白のコントラスト。柔らかな砂浜には五人分の足跡が並んでいる。優しい波の音が耳に心地良い音色を届けてくれる。
五人は穏やかな海を前に感嘆のため息を吐いた。

「ロケで行ったハワイの海みたいだな。」
「ええ。日本でもこんな綺麗な海が見れるなんて驚きました。」

星野と大気は海を見つめたまま呟いた。彼等の横顔を覗き見た南は嬉しそうに微笑むと、荷物を置きにパラソルを立てた場所まで行こうと促した。



「気持ちい〜い!」

浮き輪を持って真っ先に海に飛び込んで行った碧。水しぶきが太陽で反射して光の粒のようにキラキラと光った。気持ちよさそうに泳ぐ碧に続いて星野が走って海へダイブした。遅れてやって来た大気と夜天は、小学生宛らに海で遊ぶ二人を呆れながらも楽しそうに見ている。少し遅れて南もビーチボールを持って海に入ってきた。
バレーボールをしよう、という星野の提案で五人で円になって水中バレーボールを楽しんだり、ビーチフラッグをしてみたり、南の別荘から持って来たスイカでスイカ割りをしたり海を存分に楽しんだ五人。
少し疲れたから休んでくると言い砂浜に向かった南と大気に続きアイスを食べてくると言い星野と夜天もパラソルの下へ腰を下ろした。
碧は浮き輪に腕を乗せその上に頭を預けると、波の揺りかごに乗せられて穏やかな波の音を子守唄代わりに瞳を閉じてゆったりと海に抱かれている。
ゆらゆらと揺蕩う碧の姿をパラソルの下で腰を下ろした夜天がぼんやりと眺めているのに気付いた南が声を掛けた。

「抜けてるでしょ、碧って。」

隣に座った南は真っ直ぐに海に浮かんだ碧へと視線を向けたまま言った。夜天は彼女のそんな発言にふ、と小さく笑うとそうだね。と穏やかに呟いた。

「夜天君。碧のこと、宜しくね。」
「…どういう意味?」

真意を探るように南の瞳を捉えた夜天だったが、南は優しく微笑んだだけでその言葉の意味は汲み取れなかった。夜天が眉を寄せると南は困ったように笑って、話を逸らように再びぷかぷかと海に揺れている碧へと視線を戻すとそろそろ戻ろう、と呼びかけたのだった。