プリズム | ナノ


「碧って夜天くんと仲いいの?」
「へ?」

私がいきなり突拍子もない事を訊いたせいでお弁当を食べていた碧の手が止まった。おはしの先に掴んだ卵焼きを口に運ぶ事なく、目をまん丸にして私を見ている。
黙ってれば大人しくて可愛いのに、一度口を開けば正直すぎる本音を隠すことなく言い放ってしまったり、お馬鹿な発言が飛び出したりするせいで男子の恋愛対象から外れてしまうのは碧の残念なところではある。でも私はそこが碧の愛すべき欠点だとも思うし可愛いらしいとも思うのだ。本人には言わないけれど。
私は自販機で買ったパックのお茶にストローを刺した。

「夜天くんってラブレターも捨てちゃうし、人見知りなのかあんまり誰とも話さないじゃない?でも碧とは普通に話してるしさあ。」

私はストローでお茶を飲みつつ、キョトンとした表情の碧を見やった。

「そうなの?」
「そーよっ!」

私が断言すれば、卵焼きを口に入れた碧は咀嚼しながら難しい顔をして唸っていた。
私は眉を下げて小さく息を吐いた。夜天くんが他の子には冷たくても、碧には自分から話かける理由が私にはなんとくわかる気がした。

「碧!」
「ん?」
「あ、星野くんだ。」

突然碧の名前が呼ばれて自然と振り向くとそこには今話題になってた夜天くんに星野、大気くんの姿があった。隣で碧が三人に向かってひらひらと手を振っている。

「いつも此処で食ってんの?」

芝生に腰を下ろしながら片手に水が入ったペットボトルを持った星野くんが言った。

「そうだよ。」
「旨そうだな!手作り?」
「うん!なかなか上手でしょ?」
「へったくそ。」

誇らし気に笑う碧の隣で、お弁当を覗きながら毒を吐いた夜天くん。みるみる碧の顔が歪んでいく。テレビとは違い随分なひねくれ者だ。

「夜天くん自分でお弁当作ってないでしょ?!」

夜天くんの言った言葉に碧がムキになって言い返してるのを見て、子供同士の喧嘩を見てるみたいな気分になった。

「あなた、久世さん…ですよね?」

私の隣に座っている大気くんが遠慮がちに尋ねてきた。

「そうだけど…」

どうして私の名前を知っているのだろうという疑問が顔に出ていたせいか星野くんが答えるように口を開いた。

「才色兼備ってお団子頭が言ってたぜ。」
「うさぎちゃん…」

彼女は他人を褒め過ぎている。それが裏もない本心から言った言葉なのだとわかってはいるけれど、言われる側は少し気恥ずかしく感じる。
うさぎちゃんの明るく素直なところが碧と似ているな、といつも思っていた。
ちらっと視線を碧の方へ向けるとまだ夜天くんと言い合っていて、自然とため息が出た。
やっぱりこの二人は仲が良いみたいだ。冗談なのか本音なのか、嫌味を次から次へと言う夜天くんに碧も負けじと嫌味を言おうとしてるけど、途中で噛んだり、嫌味を言ってるつもりなのに嫌味になってなかったりして、自分でも何を言ってるかわからなくなってるのが明らかにわかった。
見ていられなくなったあたしは仕方なく碧に助け船を出してあげた。

「碧、もう昼練行くわよ。」
「あ、そうだった!」

立ち上がった私に続いて碧もお弁当箱が入った巾着を持ち立ち上がった。
スカートについた草を払っていると星野くんから声をかけられた。

「昼練って何の?」
「吹奏楽よ。」
「へぇ。碧でも楽曲扱えるんだね。」

小馬鹿にしたような表情で夜天くんが碧を見た。

「失礼だよ!こう見えても大抵の楽器はできるんだから。メインはトランペットだけどね!」

碧は夜天くんに得意気に笑ってみせた。夜天くんは、どーせ下手くそなんでしょ。と、また憎まれ口を叩いていた。


「貴女は、何をやってるんですか?」
「私はドラム。」
「まじで?!」

ドラムと言った瞬間星野が目を輝かせ、過剰反応した。そういえば彼もライブの時にドラムを叩いていたな、と思い出した。

「なぁ!見に行ってもいいか?」
「もちろん。今からじゃ時間ないし、放課後に音楽室でいい?」
「おう!」

星野は子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。その笑顔が可愛くて胸がぎゅっと締め付けられた。
私も他の生徒と同様スリーライツのファンだから、こうして三人の近くにいることは物凄く嬉しい。けれど、プライベートの時は出来るだけ普通に接するように心掛けている私としては正直複雑な気分だ。
その点碧は、スリーライツだと知ってる上で彼等と普通に接して、三人をスリーライツとしてじゃなく個人で見ている。だからこそ、夜天くんも碧と話すのだろう。
小さい頃令嬢だからと好奇の目に晒された私に対してもこの子は特別視なんてしなかった。それがどんなに嬉しかったか、きっとこの子は知らないと思う。
私は目を細めて三人と話す碧の後ろ姿を見つめた。