プリズム | ナノ






土曜日はバイトで一日潰れて日曜日は仕事に行ったお母さんの代わりに家事をして、休む間もなく月曜日になった。今日からまた学校が始まると思うと、憂鬱になる。そういえば昨日サザエさん見た時も今みたいにだいぶ憂鬱になったっけ…。きっとあれは世間でいうサザエさん症候群ってやつだ。ちなみにじゃんけんにも負けたから余計落ち込んだ。

チン!と高い音が鳴ったトースターから、狐色に焼けた二枚の食パンを用意していた白いお皿にのせて苺ジャムを塗った。パンを食べながらテレビを見るとちょうどスリーライツが出ていた。あたしが行ったライヴの映像が流れていた。まだ、あれが現実だったなんて信じられない位だけど、こうやってテレビに出るのを見るとやっぱりアイドルなんだなぁ…なんて染々思ってしまう。黒い箱の中で華やかに映る三人を見ながら、左上の小さな数字に目をやるともう家を出ないといけない時間だった。あたしはテレビを消して、投げ捨ててあった鞄を手に取り肩に掛けると食べかけのパンを口に加えてパックジュースを右手に持って戸締まりをして家を後にした。

今日も遅刻ギリギリでしょー?と笑いながら言う隣人のおばさんに、苦笑いを向けた。小走りで行けば何とか間に合うはず。
あたしは一口サイズになったパン口に放り込んだ。
ブドウジュースを飲みながら空を見上げると雲ひとつない快晴が広がっていて憂鬱な気分も晴れていた。
あたしの頭上で雀がじゃれあっているのを見て和んでいると、突然何かとぶつかり体がよろけた。
重力により後ろへと傾いていく体。受け身も取れず、時期にくると思われる衝撃に思わず目をきつく瞑って身体を硬直させていると、ふわりと優しく肩を掴まれた感触がして恐る恐る目を開けてみると、そこにはよく見知った人が立っていた。

「…あ、夜天くんと星野くんだ。」
「よっ!」
「ちゃんと前見て歩いてよね!」

星野くんは笑って挨拶してくれたのに対して夜天くんは何故かご機嫌ななめな様子だ。多分夜天くんの言動からしてあたしがぶつかった何かは夜天くんだと思う。

「ご、ごめん。次からは気をつける。」
「怪我はないようですね。」
「え?」

降ってきた声に顔を上げると、ライヴ会場で見た顔があった。この人もスリーライツの一人なんだからライヴで見るのは当たり前なんだけどあいにく名前がわからない。きちんとパンフレットを見ていれば良かった、と今更後悔しつつ、あたしは彼に向き直り会釈した。

「あ、どうも。初めまして。上原 碧と申します。」
「私は大気 光です。碧さんの噂はそこの二人からよく聞いてますよ。」

大気くんは目を細めてあたしを見たあと、二人に視線を向けた。

「え。何その噂って!」

上げていた顔を戻して夜天くんと星野くんに向けると星野くんはいたずらっ子のような笑顔を浮かべて、何も言ってないぜ?とわざとらしい言い方をした。あぁ絶対変なこと吹き込んでるんだ。その白々しい笑顔がやけに腹立つよ!

「ねぇ、これ遅刻になるんじゃない?」

夜天くんが呆れたような声で言った。

「やばい!」

そこで漸く遅刻ギリギリだった事を思い出したあたしは急いで駆け出した。が、走り出したあたしの腕をどこかの誰かさんが掴んで離さない。

「あの…夜天くん?手離してくれる?」
「何で?」
「いや、遅刻しちゃうよ?!」
「碧がぶつかったせいで僕達の時間が減ったんだよ。」

夜天君がジロリと、睨む。確かに彼の言い分は正論だが一つ言わせて頂きたい。あたしと居合わせているという事は君達は最初から遅刻ギリギリだったのではないでしょうか?喉元まで出掛かった言葉を、夜天君の睨みに負けたあたしは渋々飲み込んだ。

「碧だけ遅刻しないのは…ダメだろ?」

星野君は嫌な笑顔を浮かべてあたしを見た。当然夜天君は手を離すつもりがないようで、振りほどこうとしても強い力のせいで無駄な抵抗に終わった。助けて…!!と救いの手を差し伸べてくれそうな大気くんに視線を送ると、大気くんは眉をハの字に下げて困ったように笑った。
あたしは悟った。逃げ道等なかったのだ。

その後三人と一緒に渋々登校したあたしを鬼のような形相を浮かべた女子達が、その目だけで人を殺せるのではないかと思わずにはいられない程の視線で射るように見つめているのを肌で感じ一人戦慄したのを、三人は知らない。