プリズム | ナノ



学校もない、良く晴れた休日の午後5時頃の事。母に郵便局まで用を頼まれたあたしはその帰り道突然謎の生命体に迫られた。目が合った瞬間、血の気が引いた。奴は危険だと体が警笛を鳴らして、あたしは回れ右で全速力で駆け出した。後ろから怪しい笑い声と共に調理器具のお玉や当たったら流血必至の土鍋が物凄い勢いで飛んで来る。耳元で風を切る音がする度全身が粟立つ。
今自分は呼吸が出来ているだろうか。逃げているのに相手は一定の距離を保ちあたしが恐怖に逃げ惑う様子を楽しんでいるように思える。どうしてあたしがこんな目に遭わないといけないのだろう、なんて考えたところで不毛だった。ただ運が悪かっただけ。これに尽きる。今までも似たような目に遭ってきたんだ。でもその度記憶を失っている間にあたしを狙っていた不審者達は消えていた。そうして今まで無事に生きてきたんだ。でもだからって今日も大丈夫っていう訳ではない。いつ死んでもおかしくない。そんな針の上にいるようなギリギリなところであたし達は生きている。それでもまだ、何もしてないのに簡単に生を諦めたくないから必死で逃げている。
嘲るような笑い声が耳にこびり付いて気持ち悪い。

「逃げちゃダメよ〜ん!」

猫撫で声に鳥肌が立つ。後ろを向くとにんまりと笑む不審者にまた、血の気が引いた。

「はぁ、はぁ、」
「あなたが逃げちゃ〜料理できないじゃな〜い!」

どうやらあたしは奴の食材のようだ。
冗談じゃない。理不尽な理由に怒りが込み上げて来た。こんな所で、訳もわからない奴に殺ろされるなんて絶対に嫌だ。

「はぁ、はぁ…ッ…わっ…!!」

足が縺れて地面に倒れこんでしまった。しまったと、思い動かない体に鞭を打ち立ちあがろうと力を入れたけれど全く言う事を聞かなかった。すぐ後ろで包丁を片手に持った不審者が口をこれでもかって位にーっと吊り上げて笑っている。早く、早く逃げないと…!!焦る気持ちとは裏腹に痙攣を起こし始めた脚は脳からの命令を拒否して全く動かない。
「う、ごけ…!、っうごけ!…ッ!?」
熱いものが込み上げて思わず口元を覆った。ずっと走っていたせいなのか貧血を起こして吐き気が込み上げてきた。

「今捌いてあげるわぁ〜!」

奴はいい笑顔を浮かべ手に持っていた包丁をあたし目掛けて勢い良く投げてきた。
あぁもうダメだ。
あたしは目をキツく瞑った。


「スター・シリアス・レイザー!!」
「ギャアアアアアア!!!!!」

女の人の声が響いたと思ったら、突然稲妻の様な青い光が辺りを包んだ。目がチカチカして景色が青白い光で一杯になった。
叫び声はさっきの不審者のものだろうか。
あたしは助かったのかな。
朦朧とする意識の中で最後に見たのは綺麗なエメラルドと、銀色と、黒だった。


長い黒髪を一つに束ねた黒髪の女性が、地面にぐったりと倒れこんだ少女の前に膝を着き、少女の頬に手を当てた。

「…気を失ったみたいね。」
「この子どうする?」

エメラルドの瞳が少女を覗き込んだ。

「あたし達の家に連れて行きましょう。」
「そうね。この子が何者なのかも気になるもの…。いいわよね、ヒーラー?」
「……勝手にしたらぁ?」

一番身長の高い女性がヒーラーと呼ばれるエメラルドの瞳の女性に言えば、彼女は興味のないような素振りで呟いた。