プリズム | ナノ



四時間目の授業が終わりを告げるチャイムが響いたと同時に、あたしは閉じた瞼を押し上げ視界に広がる青空を捉えた。
お腹に力を入れて起き上がると、そこに夜天くんの姿はなかった。もう教室に行ったんだろうか。あたしは、ぐっと伸びると立ち上がってスカートを軽く払った。

「すっごい寝癖。」
「!え」

つい今し方頭に思い描いた人物の声が耳に届いたと思えばくん、と突然後ろから髪を引っ張られた。慌ててその髪を押さえて振り返ると小馬鹿にしたように笑う夜天くんの姿があった。

「や、夜天くん!教室行ってなかったの?」
「行かないよ、あんな所。」

夜天くんはフイッと視線を背けた。
あたしはその言葉と仕草を不思議に思い、理由を聞こうと口を開けたが、もしかしたら言いたくない理由があるかもしれないと思い聞くことを止めた。夜天くんから話してくれる時が来るまでは聞かないでおこう、と密かに心に誓った。

「授業が面倒くさいからってあんまりサボっちゃ馬鹿になるよ?」
「爆睡してたあんたに言われたくないよ。」

夜天くんは呆れたような表情をして相変わらずの憎まれ口を叩いた。
あたしは彼の正論に上手く言い返す言葉もなくぐぅの音も出なかった。

「と、とにかく。勉強は大事なんだからね!」

苦し紛れに捨て台詞を残すとあたしは逃げるようにその場を後にして教室へ向かった。振り返りざまに見た夜天君の鼻で笑った顔が忘れられない。彼はまざまざと表情で語っていた。お前が言うな、と。あたしは振り切るように廊下を駆け抜け、教室の中に見えた親友に両手を広げ熱い抱擁を交わさんと試みたが、心ない教室のドアに阻まれその真っ白な広い胸板に激しく頭を打ち付けた。

「碧!?え、ちょっと、大丈夫?!」

視界がチカチカと光って見えていたが次第にはっきりと、心配そうな親友と、クラスメイトの顔があたしを覗き込んでいる姿を確認した。

「お、おはよ〜南」

あたしが言葉を発すると、心配の色を浮かべていた南も深い溜息をついた。

「おはようじゃないわよ!もう昼よ昼!!ったく。」

少し膨れている南に手を差し出され、その手を掴み立ち上がりながらごめんね?と言うと仕方なさそうに、いいわよ。と言われた。あたしは友達に頭大丈夫?と半ばからかわれつつ、自分の机まで行くと持っていた鞄を机の横に掛け鞄からお弁当を取り出した。南を見ると、既に右手にお弁当袋と左手にお茶を持っていた。お腹ぺこぺこ〜!と大きな声で言いながら先に歩いて庭に向かう南。小走りで南の横に並んで、二人で日の当たる庭に出た。ここの庭はいつも人がいない。理由はただ単にベンチがないから。他の庭にはベンチやテーブルが置いてあるけれど、緑が多いこの庭にはそんなものは一切置いていない。
日をいっぱい受ける木々の下に腰を降ろしたあたしと南。まだ風はすこし冷たいけど木漏れ日が温かくて気持ちいい。お弁当を食べている間、南はあたしの額に出来上がったたん瘤を見て笑っていた。


「そうそう、今日スリーライツのライヴがあるんだよね〜。」

食べ終えたお弁当を片していると徐に南が言った。

「へぇ〜」
「碧、行かない?」
「うん。チケットないもん。」
「馬鹿ねー!誰に言ってるの、誰に!」

南は得意気に笑うと、ごそごそとスカートのポケットから二つに折られた小さな紙を一枚取り出した。すると満面の笑みで、あたしの目の前でその紙を開いた。その紙はどうやら例のスリーライツのライヴのチケット。いたずらっ子のような笑顔を浮かべた南がそのチケットをあたしに取るように促したから、怪訝に思いながらもそれを取った。だけど何故か南の手にはあたしが今取ったはずのチケットがまだ握られていた。もちろんあたしの手にも取ったチケットが握られている。

「あ、れ…?二枚ある…ね?」
「当たり前じゃない!二枚持って来てたんだから!それより、行くでしょう?ライヴ!」

有無を言わせない南の笑顔。きっと行かないと言ったって無理矢理連れて行かれるのがオチだ。まぁ断るなんてしないけれど。

「うん!行く!」
「よし!じゃあ学校終わったら荷物置いて着替えて現地待ち合わせね!」
「オッケーオッケー!任せて!」

チケットを見ながら陽気に軽い返事をしたあたし。

「あ、何かすっごい楽しみ!」
「ファンなっちゃうかもよ〜?」
「かもね〜!」

久しぶりのライヴであたしたちは浮かれていた。
だから気付かなかったんだ、本鈴がとっくに鳴っていたことに。