プリズム | ナノ





今日は月のない静かな夜だった。公園の噴水がある広場に二つの人影が伸びている。はるかと碧だ。噴水を囲むように円形に作られた大理石の腰掛けに座るはるかは気を失った少女を自身の膝に寝かせ複雑な面持ちで見つめていた。はるかは自分がウラヌスであることを碧には告げていない。それは彼女が前世での事を忘れていたために余計な混乱をさせまいと、はるかが配慮して敢えて言っていなかったからなのだが。しかし彼女は確かに言ったのだ。「ウラヌス」と。どうしてその名を知っているのか。はるかは嬉しさと困惑が混ざったその表情通りの複雑な気持ちだった。
はるかが碧の冷たい頬に触れた時少女の睫毛が微かに震えた。ゆっくりと持ち上げられる瞼から少女の丸い瞳が覗く。ぱち、ぱち、と瞬きを数回した少女は眼前に見えるはるかの姿を捉えてみるみる顔を赤くした。
「あ…っす、すみません…っ!!」
そそくさとはるかの膝から起き上がった碧は落ち着かない様子で乱れた髪を手で梳いた。
「腕は平気?」
「あ……はい…。」
デザインの良いハンカチで応急手当された腕を一瞥した碧ははるかを見上げた。少女の瞳が、何かを言いたそうにゆらゆらと揺れている。はるかは何も言わずに少女が口を開くのを待った。
「………ハンカチ、ありがとうございます。洗って返しますね…。」
にこり、と普段と変わらない笑顔を浮かべた少女を見たはるかは瞳に影を落とした。
「あぁ。」
はるかは努めて普段通りの笑顔を演じた。碧に、自分がウラヌスということまでは気付いてもらえなかった事に淡い希望が失望に変わるのを感じた。はるかは少女に気付かれないように手を強く握りしめた。
「もう遅いし、家まで送るよ。」
はるかはいいながら少女に背を向けた。情けない表情を見せたくなかったのだ。ゆっくりと歩き出すはるかの背を、何も言わずただ立ち止まったまま見つめていた碧が薄く唇を開き呟いた。
「…ウラヌス。」
その声はまるで鈴のようで、けれど凛としていた。夜の静寂を破りはるかの耳に届いたその声に、その名前に、はるかはまるで魔法でもかけられたかのように動きを止めた。彼女には時が止まったような気さえした。心臓がやけに大きく脈打つ。
「ウラヌス…ッ、ウラヌス…」
はるかの手に、少女の一回り小さな手が触れた。涙声で何度も名前を呼ぶ少女の声が真後ろに聞こえる。これは夢か、幻か。いいや違う。はるかは振り返ると碧の華奢な体を掻き抱いた。
「……ッ、逢いたかった…っ!」
「ごめ、ね…私…っ」
「もういい、」
はるかは少女の頬を優しく撫でると切なさと熱を帯びた瞳で止めどなく涙を流し続ける少女を見つめた。そっと瞳を閉じた碧の額に瞼に頬に、そして唇に優しいキスが降った。もう二度と離れないようにきつく抱き締め合った二人を星達が微笑むように見下ろしていた。