プリズム | ナノ





優しい夜風が涙の跡を撫でて行く。満点の星空を見上げる碧の横顔は過去を懐かしんでいる様にも見える。
碧ははるかに全てを打ち明けた。はるかに出会ってから、ウラヌスの夢を何度も見ていた事。はるかをウラヌスに重ねていた事。少女は申し訳なさそうに眉を下げてポツリ、ポツリと続ける。
「夢の話だって思ってました。だけどウラヌスが目の前に現れた時、私凄く嬉しくて泣きそうだったんです。自分でもよく…解らなかったんですけど。」
小さく笑った少女は落としていた視線をはるかへと向けた。はるかの紺碧の瞳が切なさに揺れている。困ったように微笑む碧はそっと、彼女の手を握った。夜の風が二人の間をすり抜けて行く。ふわりと舞った碧の漆黒の髪が淡く光るライトに照らされて輝きを放っているように見えた。
「ウラヌスに触れた時、全部思い出した…。私が見ていたのは夢じゃ、なくて…っ、」
「碧。」
少女の瞳が純粋な涙で濡れる。はるかは少女の頬を伝う滴を優しく指で拭った。
「はるかさんが…、初めて私に話かけた時、辛そうな…切ないような瞳で私を見ていた。あの時は解らなかった、その理由が…。今は解るんです…」
頬に触れるはるかの手を掴んだ碧は真っ直ぐにはるかを見つめ、目を細めた。少女の緩く弧を描いた桜色の唇がゆっくりと開かれる。
「辛い思いをさせてごめんなさい。私に記憶がなかったせいで、いっぱい傷付けてしまって…」
「そんなことないさ。だから、そんな泣きそうな顔をしないでくれ。」
「はるかさん…」
はるかは優しく壊れ物を扱うように少女の華奢な体を抱き締めた。温かい、はるかの温もりを感じる。碧は心までほっと落ち着くようだった。この感覚はずっと前から知っている。前世で、ウラヌスの腕の中で眠っていた時の安心感と穏やかな時間の流れ。変わらない彼女の香り。胸が懐かしさに少し切なくなる。目を閉じるとはるかとの思い出が広がって行く。自分を見つめる優しい紺碧の瞳、触れた手の温もり、彼女の横顔。心の奥深くから湧き出でる気持ちに、碧は何故か泣いてしまいそうになった。
「私、はるかさんが好きです。記憶なんてない時から私はるかさんを好きになってたんです。きっと何度生まれ変わっても私はまたはるかさんを、あなたを好きになる。」
「碧…。」
はるかの抱き締める腕に力が入った。
「…初めて君に出会った時僕は君に記憶がないことに直ぐに気付いた。君は容姿は前世の君とそのままだった。だけど、性格は違っていた。遠慮がちに僕の名前を呼んだり、すぐに照れるところ、慌てる仕草だとか。僕はいつの間にか前世の君としてじゃなく、碧に恋をしてた。」
はるかはそっと碧の肩を離すと少女の額に、キスを落とした。頬を染めた少女を見つめるはるかはとても優しい微笑みを浮かべていた。
「僕も何度生まれ変わっても、君の姿が変わっていたとしても、絶対にまた碧を好きになる。」
少女ははるかの深い青い瞳に吸い込まれるような気がした。強く美しいその瞳。変わらない眼差し。
「はるかさん。ずっと待っていてくれてありがとう。私を見つけてくれてありがとう。私をまた、好きになってくれて、ありがとう。」
「それは、僕の台詞さ」

重なる影を見下ろす星が一つ、また一つと流れて行く。その日降るはずのない流星群がまるで二人を祝福するように遠い何億光年前の光を放ち、夜空を滑って行った。
 遥か昔、流れ星に願った人がいた。彼女はいつも孤独だった。守るべきものの為に独りで戦い続けていた。そんな彼女がつかの間時を忘れて眺めていたものが星空だった。叶うわけがない、そう思いながらも彼女は密やかに願った。この寂しさを孤独を救ってほしい、と。しかしその願いは嵐のような出会いと共に叶えられた。星空から降った一つの星が、彼女の元に降り立った。それは運命の出会いだった。あの夜を数えて何億光年経ったのだろう。生まれ変わった彼女の元に今再びあの時の流れ星が飛び込んで来た。それは穏やかに、まるで彼女を求めるように。胸に抱く小さな星の温もりを感じながら彼女は思う。もう二度と離さない、と。きっと何度生まれ変わっても、何億光年経とうともまた巡り逢える。それをきっと運命と呼ぶのだろう。




Fin.

end