プリズム | ナノ





それはまるで幻のような、夢のような現。風に押され木々のざわめきに急かされながら駆けて来た場所で碧が見たものは夢の中でしか存在しないはずの人物だった。少女はあまりの驚愕に目を大きく見開いたまま一瞬呼吸すら忘れてその場で立ち止まったまま動けなくなってしまった。
 明らかに人ではない妖怪か何かと風のように舞い戦うミルクティー色の短髪の戦士。少女の夢によく出てくるあの女性。少女に似たソールと呼ばれる女の子を優しい瞳で慈しむように見つめていた彼女の名は―。
「ウラヌス…」
碧は小さく呟いた。自分の夢でしか存在しないはずの人物が目の前にいることが未だ信じられずにいた。夢から飛び出して来たなんてそんな非現実的なことはありえない。まるで空想だ。頭ではそう考えているのに、心は喜びに震えていた。嬉しくて仕方がないのだ。ウラヌスに、ずっと逢いたかったと思う気持ちが自分でも理解し難かった。
 ニ体に分裂した妖怪のようなものがウラヌスを翻弄し襲いかかる。大きく舌打ちをしながら素早く機敏な動きで攻撃を避けるウラヌス。ニ体のうち一体が隙を作ったのを見逃さなかったウラヌスは攻撃を仕掛けようと手を翳した。しかし彼女の死角に一体が忍び込んだことに気付かなかったウラヌスは自身が作ってしまった最大の隙に敵に攻撃をさせる絶好の機会を与えてしまった。気付いた時には遅かった。口角をぐにゃりと上げ牙を覗かせた敵が鋭い爪を構えながら目前に迫っていた。やって来る攻撃に受け身の体制をとったウラヌスだったが、次の瞬間彼女の瞳に映ったのは一面の漆黒。
「ウラヌス…ッ!!!」
耳に届いた悲鳴のような声。肌に感じたのは痛みではなく温もり。ウラヌスは大きく目を見開き自身の腕に力なく倒れたその人を、見た。
「……碧…?」
自分でも驚く程に弱々しい声が出た。腕から鮮血を流し荒い呼吸を繰り返している碧を確認したウラヌスは我に返り声を荒げた。
「どうしてこんな…っ!」
ウラヌスは怒りと悲しみ、そしてやるせなさに手を震わせた。苦し気に呼吸を繰り返す碧がうっすらと目を開けた。悲しみと辛さに顔を歪めたウラヌスを目に映した少女は小刻みに震えている彼女の手に自身の手を乗せ、精一杯の笑顔を浮かべた。
「貴女を…、守りたかった…。」
「碧…」
「独りに、しない…。約束…したじゃない。」
驚くウラヌスに微笑んだ碧はゆっくりと瞼を閉じた。どうやら気を失ったようだった。少女の体を抱き上げたウラヌスは安全な木陰に優しく寝かせた。傷付いた碧の腕を撫でたウラヌスは顔を歪ませた。自分のせいだ。彼女は拳を握り締めた。

 碧はうっすらと戻った意識の中でウラヌスが短剣を手に駆けていく後ろ姿を見て小さく呟いた。「はるかさん…。」