プリズム | ナノ




沈黙が落ちる車内ではるかは隣に座る少女が口を開くのを待った。少女の横顔を覗いてみたが長い髪が邪魔をして表情は見えない。けれど纏う空気から何か迷っている様子が伝わる。今頃眉間に似合わない皺を作っているに違いない。はるかの脳裏に初めて出会った時見た戸惑いを隠せず難しい顔をする少女の姿が浮かんだ。遠い過去に愛した彼女に、瓜二つの少女の横顔にはるかは吸い込まれるように手を伸ばした。
「…っ!?」
突然頬に触れた冷たい温度に碧の肩が跳ねた。漸く振り返った少女の驚いた顔を見たはるかは、まるで何年も会っていなかった人物と再会したような感覚すら抱いた。
「は…るか、さん?」
大きく見開いた瞳を揺らし困惑する碧。はるかは小さく笑うと少女の頭を柔らかく撫でた。
「少し散歩でもしようか。」
はるかは言うと車から降り碧が座る左側のドアを開け、手を差し出した。気を遣わせてしまったことに罪悪感を抱きながらもどこか救われたような気持ちになった少女は大人しくはるかの手を取った。
 人気の少ない公園内をゆっくりと歩く二人の足元から長い影が伸びる。お互い何も話さない相変わらずの沈黙が続いていた。木々が葉を揺らす音と母が子を呼ぶ声が園内に響き優しい空気が流れる。
碧は未だ迷っていた。はるかが、自身の夢に頻繁に出てくるウラヌスという人物にそっくりなのだと、彼女に告げる事を。その上その人物と恋仲でありながら辛い別れを遂げてしまったこと言えばはるかはどう思うだろうか。ただの夢だと笑われるだろうか。しかしやけに現実味があり、何より碧自身が夢だとはるかには言われたくないのだ。何故かわからないけれどはるかにだけは否定されたくないという強い思いがあるために、もしも否定されたら、とそう思うと怖くて言えないのだ。けれど聞いてほしい。少女は手を強く握り締めた。少女の心を反映するように風が強く吹いた。
「はるかさん。」
歩みを止めた碧は自分より一歩前で足を止め振り返った彼女の瞳を見つめた。真剣な表情を浮かべる少女にはるかも目を細め真っ直ぐに少女を見つめ返した。
「私、」
少女が口を開いた瞬間だった。遠くから悲鳴が上がった。
突然のことに何事かと声が聞こえた方へ目をやった碧の前を風が通りすぎた。
「はるかさん!?」
「碧はそこで待ってて!すぐ戻る!」
まるで風のように走り去るはるかの後ろ姿に碧は夢で見たウラヌスの姿を重ねた。心臓が激しく脈打ち、身体が震えた。
「だめ…行っちゃだめ…っ!」
強い風が葉を揺らし、駆け出した少女を急かすように背を押した。空が赤く染まる。少女の姿はもう見えない。

もうすぐあの時と同じ、夜が訪れる。