プリズム | ナノ




優しい風が吹く草原のような場所に彼女によく似た女性が優しい微笑みを携えて言った。「…ソール」と、酷く優しい声音でまるで愛しい人を見るような瞳で私を見て――。


小鳥の囀りがカーテンを閉められた窓の向こうから聞こえる。快晴の朝だ。薄い光が差し込む仄暗い部屋のベッドで少女は上体を起こしたまま未だ夢現のように焦点の合わない目でどこかを見たまま動こうとしなかった。暫く何処か遠くを見ていた少女は大きな息を吐いて漸くベッドから出た。ひやりと足裏から感じたフローリングの冷たさに意識を覚醒させつつのそのそと学校へ行く準備に取りかかった。

「行ってきます」
碧の背中でドアが閉まる音がした。少女は鞄を手にローファーの靴底を鳴らしゆっくりと学校に向かって歩き出した。空は青く太陽は存在を主張するように今日も強く輝いている。こんなにも清々しい朝だというのに少女はしかし浮かない表情で地面を見つめながら歩いていた。今朝見た夢を思い出しているのだろう。眉間に皺を寄せ難しそうな表情を浮かべる少女に誰も容易く声を掛けるなど出来なかった。
「碧?」
「え!?」
不意に掛けられた声に驚いた少女は大袈裟な程大きな声を出し、顔を上げた。その時少女はくらり、と目眩がするのを感じた。ふらついた華奢な体を力強い腕が抱き止めた。
「大丈夫か?!」
「…っ、は、るかさん…?」
ぼやける視界にはるかに良く似た夢で見た女性が映り碧は目を細め確かめるように彼女の頬に手を伸ばした。
「碧…?」
はるかの温度を掌に感じた少女は安堵の笑みを浮かべ、次の瞬間意識を手放した。碧、とはるかが何度も自分の名前を呼ぶ声を落ちていく意識の中で聞きながら。