プリズム | ナノ




ジョウロを持つ手が下がる午後一時の空の下、碧は焦点の合わない目で花壇の花に水をやっていた。ぼんやりとジョウロから水を流す少女の背に一人の人物が声をかけた。少女はゆっくりと振り返り、その人物を捉えると気の抜けたような声でその人の名前を呼んだ。
「レイちゃん…?」
レイと呼ばれた少女は腰に両手を当て呆れたように溜め息を吐いた。
「どこに水かけてんのよ。」
「…え…?」
言われて自分の手元を見てみればジョウロの先は花ではなく、花壇の煉瓦へと水を垂れ流していた。濡れて変色した煉瓦を見て少女ははじめて自分が花ではないものに水をやっていた事に気付き慌ててジョウロの先を今度こそ花に向けるも水は最早空っぽになっていた。ぽたり、と落ちた滴がみるみる地面に飲み込まれていった。からからになった地面が早く水をくれと言っているように感じた少女はバケツに汲んで来た水をジョウロ一杯に淹れると乾いた地面へと流し込んだ。ぐんぐん水を吸い込む土を見てほっ、と安堵の息を吐いた少女はいつの間にか隣に立つレイに向かって苦笑いを浮かべた。
「ぼーっとしてるのは何時もの事だけど、ちょっとし過ぎじゃない?」
じろり、と向けられた彼女の目に少女はうっと言葉に詰まった。
「何か考え事でもしてたの?」
レイは少女の顔を覗き込んだ。少女は彼女のまるで姉のように向けられる優しい瞳に、一瞬は躊躇ったものの意を決して重い口を開いた。

中庭のベンチに腰かける少女の元にレイが紙パックのジュースを二つ手にして戻って来た。その内の一つを碧に渡すと彼女も空いた隣のスペースにスカートに気をつけながら腰掛けた。
「レイちゃん、私やっぱりおかしい?女の子なのに女の人にドキドキするなんて…」
少女は渡されたジュースを両手で握りしめ地面を見つめたまま弱々しい声音で言った。
「おかしくなんかないわ。」
「…え」
即答したレイに少女は思わず顔を上げた。彼女は優しく微笑み碧の手を握った。
「うちの学校って女子校じゃない。碧みたいに女の子を好きになる子なんて山程いるのよ!それに…」
レイは握る手に力を込めた。
「たまたま、好きになった人が女だったってだけよ。恋愛に性別なんか関係ないわよ。好きなんだから。」
ね?と言って笑うレイに少女は曇り空が青く晴れ渡るように、爽やかな風が心を吹き抜けた気がした。思い切ってレイに話して良かった。少女は彼女の綺麗な手を握り返し、心から、大切な友人に向けて「ありがとう。」と言った。