プリズム | ナノ






「はるかさん。」
少女は見慣れた後ろ姿に躊躇う事なく声をかけた。静かな空間に良く通る凜とした声に、振り返った人物は少し驚いたように目を丸くしていた。少女はそんな彼女に小さく笑って手を降った。
「やぁ。休みなのに学校か?」
「花に水をあげに行くだけですよ。はるかさんはまた考え事、ですか?」
少女の言葉にはるかは肩を竦めて苦笑いを浮かべた。少女は彼女の座るベンチに腰を下ろして遠くから聞こえてくる子供達の賑やかな笑い声や泣き声に口元を緩めた。約束したわけではないが、いつもはるかと会う屋外ライヴステージでは戦隊ヒーローショーを催しているようだ。スピーカーから熱く実況を伝えるお姉さんの声が聞こえている。
「…ここは静かですね。」
ベンチに背を預けた少女はふぅ、と小さく息を吐いて上を見上げた。木々の緑が太陽の光をいっぱいに浴びて宝石のように輝いている。
「碧は…植物が好きなんだな。」
「はい。何だか花や木を見てると落ち着くんです。」
「………そうか、」
はるかは目を瞑って薄く笑んだ。脳裏に浮かぶのは一人の少女が花のように笑っている姿だった。
「はるかさんは、」
ぽつりと呟いた声にはるかは目線だけを少女に向けた。少女は何処か遠くを見つめたまま浅く息を吸った。一つ瞬きをした時、ふいにはるかに向き直ってふわり、と微笑み口を開いた。
「風みたい、ですね」
「…え…」
「自由に大地を駆け巡る、優しい風。」
ざわざわと風が葉を揺らして行く。はるかは少し照れたようにはにかむ碧を大きく見開いた目に映したまま動けなかった。彼女には一瞬時が止まったようにも感じた。まるで遥か遠く、愛しい記憶の彼方に呼び戻されたような錯覚だった。
「何だか私恥ずかしい奴ですね。」
羞恥を紛らわすために少女は乾いた笑い声を上げて立ち上がった。
「えっと…じゃあ、私行きますね。」
「碧」
「は、はい。」
俯き表情が見えないはるかに少女は妙な緊張感を持ちつつ、彼女が次の言葉を紡ぐのを待った。
「……君は、僕の星だ。僕を導く一番星だよ。」
少女は顔を上げたはるかを見て目を奪われた。ミルクティー色の髪をふわっ、と揺らしとても優しく、そして嬉しそうに微笑う彼女に心臓が大きな音を立てるを感じた。