プリズム | ナノ






今朝早くに目が覚めた少女はいつもよりも早く家を出た。特にこれといってする事は無く、だからといってこのまま学校に行き時間が経つのを待つのは勿体無いと思った碧は考えた末に適当に散歩でもしながらゆっくり学校に行こう、と軽い朝食を食べて家を出た。途中コンビニでお茶と小腹が空いていたので片手で食べられるゼリーを買った。ローファーの靴底を鳴らして手に持ったゼリーを口に吸い込みながらゆっくりと歩く朝。少女は大きく息を吸い込み、吐いた。朝の空気は少し肌寒いが澄んでいて気持ちが良い。少女は空を見上げ目を細めた。ふ、と脳裏に最近知り合ったばかりの色素の薄い栗毛の彼女が浮かんだ。天王はるか。彼女はとても不思議な人だと少女は思う。
「………いるわけ、ないよね。」
そう一人呟きながら足を進めたのは彼女と偶然再会したあの公園の屋外ライヴステージ。やはり朝からこんな場所に来る人はおらず、閑散としている。碧が探している彼女の姿も勿論なかった。期待などしてはいなかったけれど、少女は小さく肩を落とした。
「あれ?碧?」
「え…あ!」
後ろから懐かしいアルトが名前を呼んだ。振り返ってみればそこには予想した通りはるかが少し驚いた表情で少女を見ていた。
「はるかさん。お、おはようございます。」
「おはよう。早いんだね。」
はるかはくすり、と笑うと歩みを進め少女の目の前までやって来た。
「今日だけです。いつもはこんなに早起き出来ません。」
照れるように苦笑いを浮かべた少女に相変わらず優しい視線を向けるはるかは囁くように言った。
「どうして此処に来たの?僕に会いたくなった?」
はるかは少女が真っ赤になっていくのを楽しそうに見つめている。
「ち、違います!偶々です!学校に行くのに近いから…!」
慌てて弁解するもはるかはくすくすと笑うだけで少女は恥ずかしさにとうとう俯いてしまった。
「ごめんごめん。少し意地悪しちゃったかな。」
「はるかさん…」
碧は恥ずかしいのか困ってるのかわからないような表情ではるかを見上げた。本当に彼女は心臓に悪い。少女は深く深呼吸した。
「碧。」
「はい、わっ!?」
突然低い声を出したはるかに少女は何事だろうと首を傾げた瞬間彼女の手が少女のゼリーを持つ手首を掴んだ。目をぱちくりと数回瞬きさせた少女にはるかは厳しい顔を向けた。
「朝食は食べなかったのか?」
「た、食べましたよ。」
「…そっか。なら良かった。」
険しい顔から一変、彼女は普段の優しい表情に変わった。少女は先程とはまた別の意味で心臓が大きく脈打つのを感じた。一瞬、はるかを恐いと思ってしまった。小さく呼吸を整える少女の耳にはるかが耳を澄まさなければ聞こえないような小ささで呟いた言葉は届かなかった。
「また倒れるかと…」
彼女は碧の細い腕を掴んだ時言い様のない不安に襲われた。いつか自分の目の届かない場所で倒れでもしたら、とそう思うと怖くなった。はるかは少女を失いたくないのだ。
「…はるか、さん…?」
「…えっ、あぁごめん。腕痛かった?」
「大丈夫です。私より、はるかさんの方が顔色悪いです…」
はるかは不安そうに自分を見つめる少女に薄く笑って大丈夫だよ、と出来るだけ安心させるように優しい声音で言った。けれど少女は疑うような視線を向けたままだった。どうしたものか、とはるかが頬を掻いた時ふと少女が手を差し出した。
「あげます。」
少女の手には林檎の飴が二つ乗せられていた。
「はるかさん、あんまり無理しないでくださいね。」

そう言いながら彼女の手に飴を握らせた少女は軽く会釈して小走りで公園を駆けて行った。小さくなる少女の後ろ姿を見つめていたはるかは手の中に握らされた二つの飴を見て切なそうに瞳を細めた。