プリズム | ナノ






見覚えのある後ろ姿に少女は小さく声を漏らした。日曜日や祝日はイベントを催し沢山の人が訪れる公園の屋外ライヴステージの客席にふわりと揺れるミルクティー色の短い髪。その後ろ姿だけで少女は確信した。あの人物は天王はるかだ。碧は声を掛けるべきか否か暫し考えた後、気付かれないようにそっと踵を返した。何と声を掛けて良いのかわからなかったのだ。幸い向こうはこちらには気付いていない。このまま去ったとしても大丈夫だ、と思った矢先に中性的なアルトの声が少女の名前を呼んだ。
「あ…はるかさん。」
碧は振り返り、立ち上がってこちらを見ているはるかに会釈した。はるかは薄く笑むと少女を手招きした。先程帰ろうとしたこともあり少女は少しの気まずさを持ちつつもおずおずとはるかの元へ向かった。
「今帰り?」
「はい…。今日はテストだったから早いんです。」
少女は彼女の隣に小さく隙間を空けて座り、自分の爪先を見つめたまま答えた。
「そうなんだ」
「は、はるかさんは?」
「僕?」
はるかは暫し考える素振りを見せてから小さく笑って、「考え事、かな…」と今にも消え入りそうな声で呟いた。碧はそんな彼女の声に思わず顔を上げた。
「…、」
また、だ。と少女は思った。初めて会った時、少女が何処かで会ったことがあるのかと聞いた瞬間もはるかは何も言わずに切なそうに瞳を揺らしながら小さく笑っていた。そんな彼女を見た時少女の心臓はとても苦しくなるのだ。彼女を見ていられなくなった碧は再び爪先に視線を落とした。
「碧。」
「は、はい!」
名前を呼ばれた少女は弾かれたように顔を上げた。そんな少女にはるかはくすくすと笑いながら言った。
「一緒にお茶でもどう?」
「え、…すみません水筒持ってなくて…あの、」
碧の発言にはるかは一瞬目を丸くして固まった。
「はるか…さん?」
少女が突然固まってしまった彼女の名前を恐る恐る呼んだ時、はるかは堪えきれずに肩を揺らし大きな笑い声を上げた。普段の彼女からは想像もつかない姿に少女はぽかんと口を開けたまま唖然と彼女を見つめた。一頻り笑ったはるかの目尻には涙が浮かんでいた。
「碧は、本当に可愛いね」
「…………えぇ?!!!」
少女は顔を真っ赤にしながら、はるかがおかしくなってしまったのではないかとあたふたと慌て出した。しかし当のはるかは至って普段通りで、一人パニックになっている少女を優しい笑顔で見つめていた。