プリズム | ナノ




昨日は結局あんまり睡眠できなくて、漸く眠りに就いた時間が夜中の2時を過ぎた頃だった。八時間睡眠しないと覚醒しないあたしは言わずもがな遅刻した。それも大幅に。でもそれでうさぎのように焦るわけでもなく、どうせ遅刻したんだからのんびりしていこうとゆっくり歩いた。近所のおばさん達が、遅刻したの?珍しいわね〜。と笑いながら話しかけてくれる。あたしが登校する時間帯の時はいつも寝ている柴犬のチロが元気よく吠えている。なんて平和でのどかな街なんだろう。ポケットに入れたケータイに鞄から取り出したイヤホンを取り付けて音楽を流した。
コンクリートの道をスキップして進む。


「あ…」


ピタッと止まった足。この角は…前本気で殺されかけた場所だ。あの時、ヒーラーが助けてくれた場所。
ふと頭を過ったレイちゃんとうさぎの言葉。レイちゃんは気をつけろって言っていたけど…うさぎは悪い人じゃないと言っていたっけ。あたしも悪い人じゃないと思う。助けてくれるし、ね。
でも…じゃあ何でうさぎがそう言っているのにレイちゃんは気をつけろっていうんだろう。レイちゃんは滅多にそんなこと言わないのに……。

「よくわからない…。もっと頭よくなりたかったなあ…」

ため息と共に吐いた言葉は心地よく吹く風によって消された。



学校に着いたあたしは教室に行く気になれず、授業中のクラスから見えないようにこっそりと屋上に行った。前から作っていた合鍵を取り出して、鍵穴に刺して回すとロックの解かれた音がした。重たいドアを開けるとぶわっと風が流れ込んだ。今日は天気がいい。陽当たりのいい場所を選んで腰を下ろして寝転んだ。眼前に広がる青と白。

「あのノイズ……」

何だったんだろう。砂あらしのせいでよくわからなかったけど…あれは人だった。あたしは瞳を閉じた。
太陽のように温かい笑顔が、あの時からずっと瞳の裏に浮かんでいる。

「何なんだろ…」
「本当何なんだろうねあんた。」
「え…」

扉の方から聞いたことのある声がして、首だけ動かして見ると少し疲れの色が見える夜天くんが立っていた。

「あんた何処でも寝るんだね。」
「寝てないよ。……少し…考え事してるの…」

夜天くんから空に目線を向けた。
相変わらず雲は風に流されて空は少しづつ表情を変えていった。
夜天くんは歩いて来ると手刷りに寄りかかって息を吐いた。
お互い何にも言葉を発することもなく、ただ静かな時間を共有した。


「夜天くん…人はいつかわかりあえるよね?今は意見が違っていても、いつかお互いを解り合える時が来るよね。」
「……………さぁ。僕にはわかんない、そういうの。」
「…そか。」
「…碧がそう思うなら、そうなんじゃないの?」

お互い空を見たまま、視線を交わすことはないけれど、夜天くんはきちんと応えてくれた。ぶっきらぼうで毒舌だけど、何だかんだで優しいんだなぁ。あたしは胸がじんわりと温かくなるのを感じた。

「そうだね…。ありがとう夜天くん。」
「別に。」

そっけない返事をかえされた。
やっぱり素直じゃない彼に、気付かれないようにこっそり笑った。


ケータイを取り出してみるとあと三分で三時間目の授業が終わる頃になっていた。

「……そういえば、この前ね…夜天くんみたいな…綺麗な女の人と…会ったんだ〜…」
「………へぇ」
「あたしを…助けて、くれてね」

だんだんと狭くなる視界。
眠気でぼんやりとする思考でヒーラーを思い出した。夜天くんみたいに、不器用そうだけど、優しい人だった。一回だけしか会ってないけど…また会えるような気がする。

「夜天くん…あたしが寝たらお昼に起こしてくれる?」
「お断り。」
「ケチ。」

夜天くんに聞こえないように小さく呟いて寝返りをうった。頬にひんやりとコンクリートの感触がした。ゆっくりと目を閉じたのと同時に4時間目の授業開始のチャイムが鳴った。