お世話になります
引っ張られながら歩いて約30分。
目の前には木で作った家が建っている。
家の大きさ的に考えてきっと寺子屋だろう。
何でこんな所に、って思いながらも手を未だ引っ張られていたので文句を言う前に中へと入る。
すると、銀時君が「松陽せんせーい!」と大きな声で叫んだ。
その声に反応してか、中から髪の長い20代近くの男性がやってきた。
ごくっ、と唾をのむ音が煩く響いた気がした。
心臓がどくどくと煩い。
こんな人と私が会っていいのだろうか、と少し心配になる。
いや、大丈夫だ。
だって此処は…長い長い夢の中だから。
「お帰りなさい、銀時、晋助、小太郎」
「先生ただいま!先生、この人のことなんだけど…」
先生は私に気がついて顔を上げた。
そして少し微笑む。
目がばちっと合った所為か初めて会った所為か、松陽先生の顔を初めて見たからなのか少し緊張している。
初めて見た松陽先生の顔はとても整っており、髪も服もその顔に似合っていた。
目はどことなく現代の沖田さん寄りの目だろうか。
瞳が大きい。
「そのお方はどうしたのですか?」
「森の中に倒れていました」
「ほう…それで?」
「家も身のまわりの人もいないからって…それで…」
晋助君が頑張って言っている途中に松陽先生が晋助君の頭の上に優しく手をのせる。
その行動に晋助君は吃驚して、少し頬を染めながら上を見上げた。
「もういいですよ。大体わかりました。ありがうございます。それにしても、人を助けるなんて君達は偉いですね」
松陽先生に褒められ三人して頬を染めた。
本当に松陽先生は愛されている。
はたから見ても彼らは本当に愛され愛している。
互いに、心を許している。
じゃあ私は?
私が愛していた人達は?
何処にも居ないじゃないか。
こんな世界に来てしまった所為で、何処にも、此処の世界には居ない。
「みなさん、一旦中に入りましょう。もう外は暗いし寒いですし。あなたもどうぞ。話聞きますよ」
「あの、」
「はい」
「私、大丈夫なんで」
「ですが、家がないのでしょう?」
「っ、」
同情はいらないってば。
好きで家がないわけじゃないんだから。
同情してもらうために話を聞いてもらうなら私は嫌だ。
「大丈夫です。心配かけてすみません。帰るので気にしないでください」
「でも…」
「っ、本当に大丈夫です!」
夢なんだからすぐに帰れるはず。
私は込み上げてきた涙を堪えて、松陽先生に頭を勢いよく下げてその場を去った。
玄関を抜けて、また森へと戻る。
もう嫌だ。
一人は嫌いだ。
夢だからってこんな仕打ちはないだろう。
夢なはずはのに胸は痛いし、走ったら疲れるし、涙は沢山出るし。
本当にこれは夢?
夢じゃないと嫌だ。
もしこれが夢じゃなかったら私はどうやって此処で生きればいいの?
家もないし住む所もないし、独り身だし。
何で私は此処に居るのだろう。
私の存在意義は?
ない。此処の世界にはない。
あっちの世界にもなかったけど、此処の世界なら尚更。
知り合いが居ない世界に私の存在はいらない。
だからって死ぬとかそういう方向には進まない。
だから、早く元の世界に帰してほしい。
「――っ!!」
「――――さん!」
「――!」
誰?
私の名前を呼んでいる人は。
「菜緒!!」
来ないでよ。
君達が来たら私は元の世界に帰れないじゃないか。
確信とかそんなものはないけど、何かそんな気がしてならない。
森に来てまだ五分も経っていないのに、彼らは私の元に来た。
何で来たの。
私何か追いかけても意味ないじゃん。
初対面だし、他人だし。
「菜緒さんって言うんですね」
私の元に来た松陽先生は、私の近くい寄るなり、しゃがんで私と視線を合わせようとした。
少ししか歳が変わらないよに、私の方がかなり年下に感じる。
私が混乱しすぎて子供っぽすぎるからだ。
落ち着いている松陽先生の方に視線を向ければ微笑まれた。
「理由は何あれ菜緒さん」
名前を呼ぶと松陽先生は私に手を伸ばしてきた。
「一人じゃ何もできませんよ。遊ぶことは勿論、笑うことも出来ない。心から許せる人だって出来ない。一人じゃ只泣くことしか出来ませんよ。……一緒に来ませんか?きっと、あなたに安心出来る居場所が出来ますよ」
その優しい声に、台詞に心が動いた。
何で彼は見知らずの私何かに手を差し伸べるのだろう。
まだ夢を見ている気分なのに今は現実のように感じる。
否、これは現実なのかもしれない。
こんな温もりは現実でしか味わえない。
それは生きてきてた私が一番わかっているはずだ。
わかっていてもやっぱり私は受け止めたくないんだ、その事実を。
今まで生きてきた道のりが無駄になるようで、全てが崩れるような気がして。
だけど、今。
この手を取れば何とかなるかも知れない。
そう思ってしまった。
信じていいのだろうか?
まだ夢を見ている私に手を差し伸べて彼は後悔しないだろうか。
安心出来る居場所は私にとって元の世界だけど、此処の世界にもそれを作っていいのだろうか。
出来るかわからないけど、せめて一人でも多く此処に居るまでは知り合いが欲しい。
私が一方的に知っている人達じゃなくて、互いに知っているその関係を。
私は恐る恐るその手を取った。
ぎゅっと握ってから小さくお願いします、と呟く。
その声を聞いて松陽先生はえぇ、よろしくお願いしますねと言ってくれた。
「菜緒!大丈夫か!?」
「早く戻って一緒にご飯食べようぜー!」
「馬鹿かおめーら。まずその汚れた体流す方が先だろ」
「ふふっ。ほら、子供達も心配してます。行きますよ菜緒さん」
子供達三人に手を引っ張られ、また来た時と同じように連れて行かれる。
この時私は思った。
心を許す相手になったとしても、絶対に彼らに依存しては駄目だって。
彼らに依存したら、元の世界に帰れる自信がなくなる。
早く、私は帰らなきゃいけないんだ。
依存したって、帰らなきゃいけない。
それが私の義務。
(あ、そういえば名前言ってませんでしたね。私は吉田松陽です。よろしくお願いしますね)
(え、っと。春原菜緒、です。……よろしくお願いします)
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