入学式は大講堂で行われるようだ。入ってまずその広大さに驚いた。

「広ぉ……」
「講堂というよりもうステージですね」
「なあ、都内の高校ってみんなこんな広いんか?」
「いやいや、まさか」
「金持ち校ゆえか……!」
「ふは、お前らもその生徒だろ」
「坊と子猫さんは本物ですけど、俺んとこは家が古いだけですよ」
「本物ってなんやねん」
「春巳くん、坊は寺の跡取りなんよ」
「春巳、こんなこと言うてるけどこいつらも僧正血統やからな」
「え、なに? 拝んどいた方がいい?」
「拝まんでええよ」
「働かないで生きていけますよーに!」
「欲望のままやな」
「はは、神社じゃなくてお寺ですって」
「女の子にモテますよーに!」
「お前も拝むな」

志摩と二人で未来のお坊さんたちに拝み倒してから大講堂を見回す。一番後ろに保護者席と教員席、両端に在校生の席が確保されている。さすがにマンモス校なだけあって範囲内なら自由席らしい。新入生の席もぱらぱらと後ろの方から埋まりつつあった。

「並んで空いてるところは……あんまり余ってませんね」
「前の方行こか」
「え! 嫌や、後ろがいい!」
「前も後ろも変わらんやろ」
「居眠りしたら壇上からバレるじゃないですか」
「居眠り前提で話すな」
「志摩の髪色じゃどっちみち目立ちそうだ」
「ええ!? これ似合ってませんか!?」
「似合う似合わんの話はしとらんし似合ってない」
「ひど!? 春巳くん! 俺の髪型似合ってますよね!?」
「春の日和を思わせる長閑やかで華やかな頭だね」
「褒めてると見せかけて質問には答えてないし……あ、あれ? 俺もしかして頭の出来貶されてる??」
「あ、あそこ空いてますよ」
「おお! ちょっとすみませんね〜」

志摩を先頭に人を避けながら早足で四人分の席を確保できた。流石に横並びは難しかったので、前に志摩と子猫丸、後ろに俺と勝呂で四角く取った形だ。その後もだらだらと駄弁っていたが、時間が経つにつれ続々と生徒が集まり始めると、司会の言葉で入学式が始まった。

国家斉唱と入学許可宣言のあと学校長が式辞をつらつらと並べていく。その段階で既に半分夢の中だったが、理事長式辞で壇上に立った男の人が独特で面白かった。植物のゼンマイみたいな髪型もそうだが式辞を30秒で終わらせたところとかな。理事長が降りたあとの来賓祝辞なんかはやっぱり退屈だったが。

「新入生代表挨拶。新入生代表、奥村雪男」
「はい」

先頭の列で生徒が立ち上がる。あそこに座ってたのか。新入生代表ってたしか入試トップだよな。雪男すげえわ。

「ちょっとかっこよくない?」
「思ったーっ」

隣の女子たちがこそこそと声を上げた。心なしか講堂内全体が色めき立っている。双子の燐も顔は整ってると思うけど、これはきっと溢れ出るオーラの違いだろう。雪男は秀才オーラ出てるからなあ。燐は……うん。女子はちょっとワルい人がいいって言うけどお嬢様って不良に免疫なさそうだし、たぶん雪男みたいに実直に頑張ってる誠実な人がモテるんだろうな。

「あ、」

黄色い囁きの中で聞こえた男の声になんとなく振り向く。
本来この場にいるはずがない奴と目が合った。

「は」
「よ、よお……」

声を漏らす俺と、間抜けな面な燐。何やってんだこいつ。なんで正十字の制服来て正十字の入学式に参加してんの。

「――温かく、時に厳しく指導していただけるようお願いします。平成――……」

雪男が締めの言葉で括り、お辞儀をして壇上を降りていく。冷や汗を垂れ流す燐に口をチャックする動作を見せると奴の口がパクリと閉じられた。俺は前を向いて燐と逆側の肘掛にもたれかかる。

「春巳、知り合いでもいたんか」
「いない」

視線が突き刺さったが知らん。

「……機嫌悪ないか?」
「別に……」

勝呂は「そうか」と言って追求を諦めたようだ。しまった……勝呂に向ける態度じゃなかったな。はあ、あとで謝らないと。

校歌斉唱の後に閉式の辞があり、新入生は退場した。入場はバラバラだったのに退場は整列とは少しおかしな話だが、混雑を避けるためには妥当の手段だ。

会場を出てしまえばあとはもう自由だ。京都三人衆は荷物を整理するために寮へ戻ってしまったので、俺は一人で散歩がてら周辺をぶらぶらすることにした。

「……春巳っ」

木の陰から飛び出してきたのは燐だった。かわいそうに随分探し回ったのか汗だくだ。体力馬鹿でも全力で走り続ければこうなるのか、というのが正直な感想だった。

「春巳、俺……」

燐は真っ赤な顔を俯かせて視線を彷徨わせた。目がぐるぐるしている。言葉を選んでいるようだ。俺が何も言わず佇んでいると、奴はキッと俺を睨みあげた。顔が泣きそうに歪んでいる。

「おっ、お前は、うれしくねーのかっ!」
「嬉しいよ」

青い眼からぼろりと大粒の涙が溢れた。

「え」
「嬉しいから泣かないで」

大股で燐の側に近寄り、大きめに誂えた制服の袖を引っ張って頬と目元を拭う。ハンカチかティッシュでも持ってくるんだったな。……泣かせるつもりはなかったのに。綺麗な目や肌を傷つけないように慎重に拭っていると、燐の手が俺の腕を掴んだ。

「あれっ、ちょ、ちょっと待って」
「待たない」
「うひゃっ」

濡れた目尻をぺろっと舐める。塩味だ。燐はボボッと顔を赤くした。

「お……怒ってんじゃねーのかよ!」
「怒ってたけど」
「あ、ご、ごめん」
「頭冷やしながら燐待ってたよ」

褒めて、と俺の腕を掴んでいた燐の手を取って頭に誘導すると、燐は更に戸惑ったようだった。後ずさりまでしやがる。

「今日お前なんかおかしい……」
「は? かわいくない?」
「うおっ、キレんなよ! かわいいよ!」

おずおずと髪先に触れられる。すり、と手のひらに頭を擦り付けると燐の手から遠慮が抜けた。

「……かわいいし、嬉しいよ。甘えられんの」

いや今絶対お前の方がかわいい顔してるだろ。顔を上げようとしたが耐えた。俺が甘やかされることで燐を甘やかすのが目的だ。泣かせちゃったからな。

「でも怒ってはいる」
「わ、急に頭上げんなよ」

頭から手が離れた。ワンコタイムは終わりである。

「どうして燐がここにいるんだよ。正十字に行くなんて一言も言ってなかったろ」
「そ、それは……」

そもそもここに入学する金(と頭)があったのかってところが疑問だが、それは置いておく。燐はしどろもどろで目を泳がせている。説明する気はあるのかないのか。

「……確かに、一緒の高校に通えるのは嬉しい。会えるってわかってても離れるのは辛いし。ずっと望んでたことだから」
「春巳……」
「でも俺は、燐は就職するって思ってた。そう聞いてたから。……お前が進路で悩んでたことも、知らなかった……」
「──あっ」
「なんで教えてくれなかったんだ……そんなに頼りないか?」

燐が大変なときに燐の力になれなかったのが悔しい。獅郎さんのときもそうだ。落ち込む燐を慰める以外何も出来なかった。

それでも、大切な人が亡くなった哀しみは埋めることが出来ないかもしれないけど……でも進路に関しては、相談に乗ったり、学校を調べたり、勉強をしたり、直接力になれることだってたくさんあった。

燐が額に汗を浮かべ途方に暮れた表情で俺を見ている。困らせてしまった。頼られなかったのは俺の力不足で、これは俺の我儘なのに。

「ごめん、燐、責めるようなこと言って」
「い、いや!? ベンキョーは雪男に教えてもらったし!? お前に言わなかったのはほら、その……あっ! そ、そうっ、お前を驚かせたくて……!」
「……なるほど」
「エッ、う、分かってくれたか!?」

燐の健気なフォローに俺は微笑んだ。

「ありがとう」
「(ウアーーーー! これゼッテェ分かってねー顔!) 春巳! ほんとに違うんだって!!」
「違うって、何が?」
「…………じ、実は俺、」

ポン、とピンク色の煙が視界を覆った。高らかな声が響き渡る。

「私がご説明しましょう!」

「ファウスト理事長……?」
「はじめまして、登ケ谷くん」

煙が晴れて現れたのはさっき入学式に出ていた理事長だった。ただしそのときの白いスーツではなく、カラフルなボタンのジャケットにシルクハットとマントを身につけている。襟を飾るピンクの水玉のスカーフといいかなり派手な出で立ちだ。

なんだその格好、そしてどうして理事長がいち入学生に過ぎない俺の名前を把握してるんだ。理事長が道化めいた仕草で燐の肩に手を置いた。

「先日藤本神父が亡くなられたでしょう? その際私が彼らの後見人に名乗り出たのです」
「え、本当ですか。でもどうして理事長が?」
「藤本は私の二人とない知己でした。彼の息子を預かるのも当然の義務ですよ」
「獅郎さんの……そうなんですね。では燐が学園に入ったのも……」
「ええ、このとおり私は職業柄多忙な身でして、学園の外に出られないのですが──彼らはまだ未成年、目の届くところに置いておかねば藤本の友人として私は安心できません」
「えっ、」
「ゲホッゴホンッ」

急に理事長が咳き込んでちらりと燐の方を見た。燐の体が強ばる。

「ファウスト理事長? 大丈夫ですか?」
「……失礼しました。オホン、燐くんは弟さんと貴方がいるなら悪くないと言って快く入学を承諾してくれました。ね、奥村くん?」
「あっ、ああ!! このピエ……理事長の言う通りだ!」

ニコリと笑った理事長は、そのあと落胆したように首を振った。

「しかしご存知の通り彼の成績は芳しくない……我が学園の新入生に捩じ込むのにもだいぶ苦労しました。本人に結果を教えるのもだいぶ遅くなってしまってね」
「……もしかして、」

確定してないから、燐は俺に黙っていたのだろうか。……そんな殊勝な性格か? むしろ大はしゃぎで部屋に乗り込んできそうだけど……いやいや、燐もたまにおかしなところで考え込んだり落ち込んだりするからな。

「どうしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
「私には彼を学園に入れた者として責任がある。そこで彼には学園内の塾へ通ってもらうことにしました」

『奥村燐』に『塾』とは違和感しかない組み合わせだ。というかここ塾まであるのか。学園都市なのに。金持ちムーブが留まることを知らねぇな。

「登ケ谷くん、あなたのことも藤本から聞いていましたよ。あなたには彼らと共に勉学に励み、共に青春を歩んでほしい。これからもあの兄弟を支えて頂けますか」
「──はい」
「ふふ、よい返事です。では私はこれで。お二方、ごきげんよう」

悪戯めいた顔でウインクし、パチンと指を鳴らして理事長は手品師のように消えた。ユーモアがあって、良識があって、気遣いができて、お手本みたいな大人だ。上に立つ人は違うなあ。俺もファウスト理事長みたいな大人になりたい。いや、やっぱりダラダラして過ごしたい。

「燐、勘違いしてごめん。ファウスト理事長優しいな。あの人がお前の後見人でよかった」
「ア、バ、ばば、バカな……あんなマトモな……」
「燐?」

燐は理事長の消えた方を向きながら人ならざる何かを見たかのような顔でガクガクと足を震わせていた。確かにあの手品はすごいけど、そんなに驚くか? 彼の背後に幽霊でもいたのだろうか。


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