「春巳さん、着きましたよ」

〈ちょっと落ちます〉
〈はーい〉
〈すぐ戻る〉

ゲーム機の電源を切り、運転手(田中さん)に促されて車を下りる。大半の荷物は事前に送ってあるから手荷物は学生用鞄とボストンバッグだけだ。

「春巳さん、その」
「はい?」
「ご両親、残念でしたね」
「あー……」

中学の卒業式にも今日の入学式にも来られない親のことを言っているのだろう。今までは子供の晴れの日に出席しない両親ということで少し体裁が悪かったが、高校生ともなれば参加しない親もちらほらいるはず。悪目立ちはしないと思う。それに彼らの不干渉は今に始まったことじゃない。確か最初で最後に親と登校したのは小学校の入学式だったろうか。古い記憶すぎてそれさえ朧げだな。

親の態度について憐れまれる覚えはない。我が家ではそれが当たり前だから。むしろ昔から授業参観では「来ないの?ラッキー」と思っている。さっさと親元離れたくて中学から別居を始めたくらいだ。あの馬鹿でかい家、移動するのもかったるいんだよな。ぜってーあの面積いらねえ。近くにある中学はお金持ちの私立校ばっかだし。

お坊ちゃん小学校を卒業して、好成績を保つ代わりに許された独り暮らしと公立中学校への入学だけど、なかなかに充実していた。私立校には無い悪ノリと下品な会話と治安の悪さ。自分でもどうかと思うが人生で一番伸び伸びしていた時間だった。なにより燐に会えた。もう思い出は十分だ。だから、

「別に愛されてないわけじゃないですよ」

笑って言うと運転手さんは涙ぐんだ。この人は優しすぎるんだよなあ。




○ ○ ○




画面の向こうに相方を待たせているので早く狩りに復帰せねばなるまい。早足で伝えられた寮の四人部屋に入ると、もう俺以外の入寮者は全員揃っていた。眼鏡に坊主の子と、ピンク頭のチャラそうな人と、トサカ頭のなんかDQNみたいなイカつい人だ。おっと……早速雲行きが怪しいぞ……? なかなかシビアな寮生活を送る羽目になるかもしれない。

「あ、もう一人の相部屋さん?」
「どうも、相部屋さんの登ケ谷春巳です」

優しそうな坊主の子が話しかけてくれた。イントネーションがなんとなく関西風だ。誰とでも話せるが人見知りする潜在的コミュ障なのでとっさにふざけて返してしまう。

「あはは、初めまして。子猫丸いいます」

笑ってくれた。いい子だ。眼鏡してる奴は大体イイヤツ説。例は雪男。

「こねこまる? 下だよね?」
「そうそう、上は三輪です」
「三輪子猫丸。いい名前だな」
「子猫丸でええよ登ケ谷くん」
「子猫丸くん。俺のことも下で呼んで」
「登ケ谷ってなんか聞いたことあるなあ」

口を挟んできたのはピンク頭の人だ。こっちも関西風。二人とも同じとこから来たのかな。どこの出身なんだろう。

「登ケ谷ゆうたらあれやろ、飲み物の」
「え!? あのトガヤ!? 大手メーカーやん!」

トサカくんの言葉にピンクくんがぎょっとこちらを向く。俺はピンクくんの顔を見返した。二人で見つめ合う。

「ってなんか言って!? うんとか違うとか!」
「あ、うん」
「うん?? 了承のうん? トガヤに対するうん?」
「肯定のうん。やかましいなあ」
「ナチュラルに酷い!? ごめんなうるさくして!?」

しまったつい本音が……。それにしてもピンク頭さんは見た目も喋り方もチャラいな。

「というか本当にトガヤなん!? うっそ! 俺あそこのジュース好きやで! わーマジか同室かぁ、やっと正十字に入学した自覚できてきたわ……!」
「お前こんなことで自覚するんか……」
「坊はなんでそんな落ち着いてはるん? あのトガヤですよ?」
「そういう学校やしいちいち驚いてたらキリないやろ。ああ……勝手に話してすまん。気ィ悪くしたら謝る。俺は勝呂竜士や」
「志摩廉造! よろしゅう頼んます」
「気にしてないよ。よろしくな」

トサカくんは見かけによらずいい人だった。よかった。というか三人とも知り合いらしい。完全にアウェイだなこれ。部屋割りどうなってんだ。

「登ケ谷は内部生なんか?」
「春巳でいいよ」
「春巳くん!」
「僕たちは外部生ですよ」
「俺も外部生。子猫丸たちは関西出身だよな。どこから来たんだ?」
「ふふん、当ててみ春巳くん」
「兵庫」
「なんでそこ行きはるん!?」
「京都ですよ」
「京都かあ、惜しかったな」
「何がや。惜しいもくそもないわ」

わいわい話しながらさっさと必要な分だけ荷解きをして途中だったゲーム機を取り出す。電源を付けるとブーイングが飛んできた。

「入寮早々にゲームするんか。もうすぐ集合やぞ」
「大丈夫、話しながらできる」
「そこは別に心配してないわ……その図太さにはあっぱれやけどな」

画面の向こうのお友達もこっちがわのお友達も大事にする主義だ。立ち上がった画面のフレンドリストから【サマエルちゃん】とのチャットを開いた。

〈ただまー〉
〈おっそーい! おかえり!〉
〈また15分くらいしたら落ちます〉
〈え〜っ! まあ私もその頃落ちるから文句はないですけどぉ……〉
〈サマエルさんたまには仕事しないとね〉
〈仕事はいつだってしてますよ〜☆ ガヤさんこそ暇があればインして友達減るんじゃないですか?〉
〈量より質派〉
〈それぼっちが言うやつ☆☆☆〉
〈時間ないからさっきと違うとこ行こ〉
〈では城で小遣い稼ぎといきますか!〉
〈さんせー〉

話が早くて助かる。サマエルさんは主に女性キャラを扱う廃ゲーマーだ。通称“灰色”と呼ばれるゲームのサブキャラで意気投合してから一緒にいろんなゲームを渡り歩いているが、オフで会ったことはない。どんな人なんだろう。確か出会った時はJKって言ってたな。その後OLになったって聞いた。

今は自営業とか言ってるけど顔文字とか言語センスがなんかこう……たまにオヤジ臭いんだよな。課金は羽振りが良いし案外どっかの社長とか偉いとこの人なのかもしれない。まあ絶対ネカマだとは思う。あんまり詮索するのも良くねえし追及するつもりはないけど。

「春巳くん〜そろそろ行かんと間に合わんで〜」
「おー、行く」

落ちる旨を伝えようとしたら先に向こうからチャットが来た。

〈そろそろ時間なので落ちますね〜☆〉
〈俺も。おつかれー〉
〈バイチャ(。`・ω・。)ノシ〉

古い……古いよサマエルさん……。


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