繋累 | ナノ
家 族

「前々から思っていたことなのだけど」

食事のおままごと中に兄が言った。繋くん。家族の中では一風変わった鬼だ。

私は繋くんを『兄』として認識している。私よりずっと先にこの家に居て、私よりも年上の見た目に変えられているようだから。
けれど彼は私を『大姉様(おおねえさん)』と呼ぶ。だから彼は本当は弟役なのかもしれない。
けれど彼は私の妹を『次姉(じし)ちゃん』と呼ぶ。もしかすると、充てられた役名で呼んでいるだけで、彼には姉も妹もいないのかもしれない。

「空の器では寂しいよ。どうせなら食事をしようじゃないか」

繋くんはもともとおかしな人なのに、口を開くとまた変わったことを言う人だった。

「は? 人間の食事なんて俺たちには必要ねーだろ」

異論を唱えたのは、繋くんに『大兄様(おおにいさん)』と呼ばれる毒蜘蛛だ。今日も天井に糸を垂らして逆さまにぶら下がっている。不気味な鬼。

「食べられないわけではないだろう」
「くだらない。わざわざ意味のないことをする理由がない」
「確かにそうだ。まあ私は迷信や儀式は好きだけれどね。ところで、大兄様(おおにいさん)はその箸で何を食べるんだい?」
「………」
「意味のないことを、意味のあることにしようじゃないか。空っぽの器にものを注ぐみたいにね?」

肝が冷えた。思わず累の方を見た。用意した食卓を『ままごと』呼ばわりされた累は、しかし平然と繋くんの方を向いていた。怒っていない? ……いや、違う、細い、細い糸で、繋くんの足の親指をあらぬ方向へ捻り上げている。ああっ、図星を指されて、くやしいんだわ……!

いつだって弟は私の自由を縛る恐怖の対象でしかないけれど、今だけはなんだか、すねた子どもみたい。疎ましいような微笑ましいような、複雑な気持ちで眺めていると、蜘蛛の巣食った足元など気にもかけない繋くんが、白々しく拳で手のひらを叩いた。
 
「人間の体を使おう。豚も人も鬼も同じ肉なんだから。鬼ってどんな味がするのかは気になるけど……」

ヒュン、と音がした。人差し指に糸が増えている。こちらも指先が真っ赤になるほど締め上げられている。「この器もぼろぼろだから、新しくしてしまおう」今度はどうしてか一つとんで薬指だ。繋くん、ちょっと一回黙った方がいいと思うの。

「フッ……フハハハハ! そりゃあいいな、それならいい」
「うん。大兄様(おおにいさん)の獲物は毒に染まってしまうから、みんなで獲物を持ち寄れば大兄様(おおにいさん)も胃にやさしい無添加を食べられるだろう?」
「ああ……お前はどうしようもない変態だが、飽きない奴だよなァ、兄弟」
「繋、繋……母さんはお料理できないわ……!」
「ええ母君、調理は私がしましょう。食糧調達も最初は私一人で行うけれど、気に入ったらみんなにも手伝って欲しい」
「ねえ、ちょっと。勝手に決めないでくれる?」

累の声に食卓が静まり返る。ぶちり、とついに皮がちぎれた。「あ」思わず声が出てしまい、慌てて口を塞いだ。うつむく私に冷たい視線が降り注ぐけれど、薄目で見た繋くんだけは私に微笑んでくれている。けれどその手はなくなった足の親指と人差し指と薬指を愛おしげになでているから、どうにも感謝というものは抱きづらかった。

はびこる沈黙に、このままお開きだろうか考えていると、繋くんが隣の累の頬をつん、とつついた。一瞬、喉を締め付けられるような感覚に襲われる。本当に、彼の行動は心臓に悪い。

「駄目かい、累くん」
「何……兄さん、僕に命令する気?」
「お願いしてるんだ。兄が、弟へ」

累は暫く黙っていたが、やがて根負けしたように溜息を吐いた。私もきょうだいたちも、ほっと胸を撫で下ろす。
私たちと出会う前から長年連れ添ってきたせいだろうか、繋くんの累への態度には遠慮というものが見受けられない。しかもそれを他でもない累に許されているのだから、案外二人は気の知れた仲なのだろうか。
繋くんを見ると、累に勢いよく抱きつこうとして両腕を切断されていたので、違うのかもしれない。







食卓彩り大作戦(繋くん命名)は繋くんの計画通りに進んでいた。古びた食器を一掃して綺麗なお椀に肉や血がよそわれ、今では家族一丸となって食糧調達に励むようになった。きっと人間から見ればおぞましい光景なのだろうけど――人間の頃の記憶がそうさせるのだろうか、なんだか懐かしい気さえしている。

「いいもの拾った」

繋くんがそう言って帰ってくるとみんなが繋くんに群がった。繋くんは元々彼が会得している血鬼術を駆使して、累に気付かれず山を降りることができる。もちろん繋くんが定期的にいなくなることはとっくに累も知っているけれど、それでも野放しにしているのは多少なりとも繋くんを信頼しているからだろう。ちなみに山を降りる道中で累に見付かると普通に拷問を受けるらしい。

繋くんの『拾った』は『盗んだ』と同然で、物珍しいものや貴重な品を持ってくることだって少なくない。家に閉じこめられ、夜に生きる私たちには新鮮なものばかりだった。

「今日は何を拾ったの? 繋くん!」

『妹ちゃん』である小さな末妹が繋くんに飛び付いた。繋くんは彼女の頭を撫でながら懐から黄色の何かを出す。

「……! 折り紙だ!」

今回は随分所帯染みた品を持ってきたものだ。でも暇潰しには最適かもしれない。繋くんは前に『拾って』来たちゃぶ台の上に紙を散らばらせた。みんなで取り掛かったはいいものの、すぐに手が止まる。

「折り方が分からない……」

ぽつりと弟が呟いた。繋くん風に言うと『次弟(じてい)くん』である。

「鶴なら折れるよ」

繋くんが自慢げに言った。繋くん、みんなそんな感じよ。

「ところで母君は何を折っているんですか?」
「ふふ、椿よ」
「お上手ですね」

母の手元を覗く繋くんは感嘆の声を上げた。母は喜色に頬を染める。

「そ、そう!?」
「どうかみんなに教えてくれませんか?」
「いいわよ! お母さんが教えてあげる!」

私も含め、みんなが母を取り囲むようにして折り紙で遊び始める。母は無邪気に笑った。母の中身は年端もゆかない幼女だ。もしかしたら繋くんは母のために折り紙を用意したのかもしれない。

「累もどうだい? 父君は?」

繋くんは隣の部屋でぼうっとしていた累と父を呼びに行ったようだった。父は反応をせず、累は首を振る。

「じゃあここに持ってくるから、三人でしないかい?」

答えない二人に繋くんは踵を返した。私は慌てて手元の折り紙に視線を落とす。

大姉様(おおねえさん)、3枚もらっていいかな」
「色は?」
「どれでもいいよ」
「じゃあこれ。はい」
「ありがとう」

その顔には笑みが浮かんでいる。繋くんがどうしてこの偽物の家族に寄り添おうとするのか、私には理解できない。けれど繋くんのことは好きだ。人間だった頃の記憶はなくても、ふとした時に兄とはこういうものだろうかと思う。繋くんといると、胸が温かくなるのだ。







暫く折り紙ブームがあった。次の拾い物は鞠だったので皆で蹴鞠で遊んだ。けれどそのあと、繋くんが鉢巻を使った鬼ごっこを提案したときには流石に口を出さずにいられなかった。

「鬼が鬼ごっこってどうなの?」
「臨場感があっていいじゃないか」

謎理論だ。やっぱり繋くんは謎だ。

  

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