繋累 | ナノ
兄 弟

僕は兄というものを知らない。ただ兄がどういうものであるべきかは分かっている。兄とは弟を守るものだ。兄とは弟を愛するものだ。弟の存在がいるから兄と呼ばれるものがある。つまり累は兄に守られ、愛されることで、兄を兄たらしめてやるのである。

しかしこの兄は、弟を守ることにおいて殊更不出来であった。

「子供を殺すのは可哀想じゃないか」

そう言って己の前に立ちはだかる兄を見るのは初めてではなかった。後ろの子供は気の毒に震えていて、惨めなほどにみすぼらしい。たった今自身を血鬼術から守った男にさえ、怯えた視線を向けている。

「退いてよ、兄さん」

弟のお願いに兄は口を閉ざして口角を上げて、それだけ。後ろの子供が微かな希望を見付けたような目で兄を見上げた。うっとうしい。これが他の家族なら話は簡単なのに。二度言わせるなと糸で縛り上げて、ごめんなさいと謝られて、それでおしまい。けどこの兄は違う。弟に痛めつけられることをむしろ喜ぶ節がある。つまりは変態というやつ。(あし)らうのが厄介な兄を思い返すと苛々してきた。

「鬼が人間を喰うのは当然じゃないか」
「そうだね」
「退け」
「駄目」

拒絶の笑顔。こうなった兄は頑固だ。実力も十二鬼月に選ばれるほどではないが、並の鬼より腕は立つ。無理矢理退かすには少々骨が折れる。この迷い子一人にこだわる理由もない、里に下りて食糧を調達した方が有益だろう。

「分かったよ」

そう言って兄に背を向ければ、一息吐いたような気配が感じられた。そんな兄の目に映るように僕は肩口で指を立て、ほんの軽く、指先を折り曲げる。悲鳴はない。背後で何かが弾けるような音が響いた。糸に雫の滴る感覚がある。

「ああ……」

どこか諦めたような吐息だった。兄は変な鬼だ。鬼からも人からもズレている。子供を食うなという口で、たくさん食べるんだよとのたまう。僕を止めようとはするが、本気で誰かを守ろうとはしない。ならなぜ繋はその子供を庇うのか。兄なら(ぼく)を守るべきだ。見据える相手は僕でなく人間だろう。

「食べないのかい、累くん」
「……さっきまで可哀想って言ってたのに」
「え?」

狩りで捕った動物のように子供の足首を掴み上げて笑う兄を、時折得体の知れないものに感じることがある。僕がそれを食べないことが分かると、兄は呆気なく手を離して無造作に死体を落とした。首のない死体は血を吹きながらぐにゃぐにゃと地面に転がる。

「帰ろう」

裾を赤く染めた兄は躊躇いなく僕の手を取った。氷のような手に沸き立つ心が醒めていく。この、『何をしても嫌われない』と見て取れる兄の態度には、少しの優越感がある。

繋は弟を守ることはできないが、弟を愛する兄としては優秀だった。

  

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