企画 | ナノ


あれから度々奴がここに来るようになった。ある日は放課後、ある日は昼休み、ある日は移動教室の合間に顔を出したりする。その頻度はもはや通うと言っていい。……あれっ、毎日来てるな……? 毎日来てるぞ陸上部のホープ? 俺のこと好きすぎない? 暇なの?

「百夜通いなんて冗談じゃねぇぞ……」

と呟いたある日の話。なかなかぞっとしない話なので、もう来なくてもいいんじゃナイカナー、ほらっ、君も忙しいでしょ? 的なことを言ってみたところ、「全然大丈夫です」と返ってきたがこれは想定以内。ここでプランB、いやいや、聞けば折角成績いいのに国語が足引っ張ってるみたいじゃないの、勉強したらどう? と先生らしさを醸しつつ突き放してみる。よしよしよくやった俺、と脳内で自分の頭をなでなでしていたら、あれよあれよという間に見事な口上で言いくるめられていつの間にか俺が奴に国語を教えることになっていた。

国語を 教えることに なっていた!

「なんでだァァァアア!!!!!! アホか俺はァァァァアアア!!!!!」

と、アパートの布団の中で叫んでみたところでどうにもならないので、今度は敢えて奴に積極的に関わってみることにしたのだ。手段は簡単。国語で使う資料の準備を手伝わせ、授業の度に資料運びにこき使い、ついでに完全に俺の個室と化しているこの国語準備室でお茶汲みや掃除をさせるという計画。そう、俺の目的は奴を忙殺させること。さあ、学生よ仕事の辛さを知るがいい!! これも立派な教育だ!! さっさと部活と勉強とパシリの三足草鞋で潰れろ!!!

「どうだ? 先生」
「あー、そこそこ、めっちゃいい。あ、まってもうちょい上」
「ここかな」
「あああああああ」

人間が何万年前から用いてきた言語を忘れるほどの肩叩きを味わっているとき、ふと気づいてしまったのだ。

まさか墓穴を掘ったんじゃ?

三足草鞋を笑顔でこなした奴のハイスペックは俺の想像を軽く超えていた。むしろ俺の担当クラスいるわけじゃない奴にとっては好機、俺に関わる正当な理由ができたと喜んだに違いない。結果、俺も自然と奴に心を許すことになり、追い返す気もほとほとなくなってしまう始末。なんだ、この家庭のような安心感。妻のような細々とした気配り。信頼しきった目で見上げられる時の優越感。なんだ、奴と教室で二人きりの背徳感は。

俺はすっかり奴に絆されてしまっていた。ミイラ取りがミイラになったわけだ。

言っておくがなまえは悪い奴じゃあない。悪人どころか10人に聞けば10人が善人と答えるような善人の鑑だ。そんな奴をそもそもなぜ拒絶しようと思うのか、その理由も触れたくない話題ではあるが――

「おはよう、先生」

声の方に顔を向けるとなまえが窓縁にもたれて片腕を揺らしていた。早朝練習があるはずだが珍しく制服だ。
奴が来る度に窓を開けるのが面倒臭くて最近は窓もカーテンも開けっ放しにしている。臭い臭いと言われるので学校での煙草もやめた。制服に煙草の匂いをつけさせるのも忍びない。

「おう、部活は?」
「今から着替える。それより、これ」

と言って、なまえは壁に隠れていた左手を掲げた。

「拾った!」

その手にエロ本を持って。

「はい!」

そして俺の手を掴み無理矢理エロ本を握らせた。奴の頭には今日もツヤツヤの黒髪に天使の輪っかが乗っかっている。

「……おいなんで俺に渡す?」
「え?」
「え?」

なに? お前のだろ、みたいな? それとも必要でしょ、みたいな? えっ、そういう風に見られてるの? 先生ショックだわー。

「まあ貰うけどな!!」
「わっ、先生がそんな声張り上げるの初めて見たわ」
「大人はそう頻繁に大声出したりしないの。社会では理不尽に耐えられなくなって上司に怒鳴った奴から消えていくんだから」
「凡そ教師が学生に伝える言葉じゃねーな」
「社会の辛さを教えんのも苦悩を教えんのも無慈悲と不条理を教えんのも先達の役目なんだよ」
「ウルトラネガティヴかよ。いいとこ一つも挙げてねーじゃねぇか……どんだけ重い過去背負ってんの? そんなに仕事辛いのか? 愚痴くらいいくらでも聞くぜ、先生」
「や、特にそういうのは味わってないけど」
「少なくとも銀八先生みたいな大人にはなりたくないという将来像が見えましたありがとうございます」
「はーいダメな大人だからエロ本読みまーす」
「学び舎でエロ本読む教師はクズといいまーす」
「というか学校にこんなの持って来るとか勇気ありすぎな。ったく、貸し借りは家で遊ぶ時にすんのがセオリーだってのによ」
「言ってることもやってることもクズすぎて話にならない」
「なんだよ、そんなクズのために持ってきたんだろ?」
「え、」

戸惑う声がしたので際どい水着のお姉さんから目を剥がしてそちらを見ると、奴は物凄く気まずそうな顔をしていた。

「落し物拾ったから近くの先生に届けただけだけど」

盛大に勘違いした挙句、またも墓穴を掘った。


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