企画 | ナノ


コンコン、窓が叩かれたのは放課後の国語準備室だった。その時俺は前もって明日の授業の準備を、なんて殊勝な性格でもなく、煙草を口にせっせと本日発売のジャンプを読んでいた。吸う時はカーテンを閉めるようにしているので、煙草の火を消して開け放つ。最初に黒くて丸っこい頭が見えた。その顔がぱっと持ち上がって俺を見上げる。

「先生! お勤めご苦労様です」
「刑期を終えて出所するヤクザの兄貴か俺は」
「ご苦労様です」
「それ自体も目上が目下にかける言葉だから良くない」
「すいません、国語苦手なので」
「古典は得意なのにな」

ぱちり、と大袈裟に瞬きする男子生徒の名前をなまえという。この前の『校門閉鎖ギリギリ間に合わなかったのに鹿みたいに軽く飛び越えてった爽やか黒髪ストレート野郎』事件があって彼のことを軽く調べたのだ。調べたと言ってもこちらから行動はしなかったのだが。
というより、する必要がなかった。そいつはこの学校では有名人らしく、俺は学校中で噂されるなまえという生徒と、目の前で爽やかに笑う彼の顔を結びつけるだけでよかったのだから。

「俺のこと知ってくれてたんですね」
「あーやだやだ、眩しい……」

髪が陽射しを反射してきらきらと光る。奴が現代国語を苦手としているのは小テストや定期試験の結果を見ればわかることだ。古典の点数がずば抜けて良いのでそいつで補ってはいるようだが。

「なあ、先生」
「あ?」
「煙草吸ってました?」
「レロレロキャンディーならおっぱい吸う赤ん坊に負けないくらいしゃぶってるよ」
「……まあいいですけど。吸った後は部屋の中ファブった方がいいと思います」

おすすめは緑茶成分入りのやつ、と頬杖をつくなまえ。スン、と匂いを嗅いで眉をしかめる。噂では優等生なようだし、まさかコイツ……

「……チクるなよ?」
「へえ、先生にも怖いものがあるんですね」
「まだ会うの2回目だろうが」
「有名人ですから」

何言ってんだコイツ、というような顔をするとなまえは吹き出して笑った。「自覚ないんですね」余計なお世話だよ。

「誰にも言いませんよ」
「お? 言ったな?? 絶対だぞ?? 特にあのババアには絶対言うなよ?? 今約束したからな?? はいゆーびきーりげーんまーん!!!」
「必死すぎた」

校庭の方から彼の先輩らしき生徒が大声でなまえの名前を呼んでいた。なまえは校庭に向かって負けじと大声で返すと、もう一度名残惜しそうに俺を振り返る。

「おら、呼ばれてんぞ。さっさと行け」
「また来ますね」

なんで断定なんだ、そこは「来ていいですか」だろ。そう突っ込む前に陸上部期待のエースは黄金の足で以てさっさと校舎から離れていった。黒髪がふわっと浮いて光の中をきらきらと舞う。

「……早ぇな」

奴の背中が豆粒くらいになるまで見送ったら、ふと白衣のポケットにしまった右手を出して広げる。くすくす笑いながら差し出された小指に小指を絡めたとき、俺のガサついた肌にも潤いを与えるようなしっとり肌に驚いた。女のように細くて長いのに、そこそこ焼けていて、しっかり骨ばっている男の手。瑞々しい感触が残っている。思わず溜息を吐いた。まだ若さが羨ましくなるような歳ではないはずだ。


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