刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 15.紅桜篇『参』(1/4)

「ほー、移動する工場とは考えたもんだ」
「消耗品は補給船に運ばせ、極力陸には近付かず河川を徘徊……容易に見つかるはずもありません」
「しかし国内河川の警備は緩いとはいえ、長い間潜伏できるものじゃないだろ。御役所にも奴らの手が回ってると見た方がいいな……アイツこんなに小細工が得意だったか、桂」
「策謀家、武市変平太の采配でしょう。几帳面に罠を張る性格ではありませんが、才能を惹きつけるカリスマ性は健在のようですから」

花の香り漂う店内。パキン、パキンと茎が鋏で切り落とされる音に紛れ、物騒な単語が飛び交う。
辻斬りに遭ってから半月後、桂は董榎の居候する花屋に足を運んでいた。鬼兵隊の拠点を炙り出すことに成功したので、その情報を共有するために。

「よくこの短期間で見つけたな。指名手配犯は雲隠れも楽じゃなかろうに。潜伏しながらあれだけの人間を完璧に統率する手腕、お見逸れするよ狂乱の貴公子殿」
「いえ、董榎先生のご助言あってのこと。我らは貴方の予想をたどり確信に変えたまで。流石のご慧眼です」
「……いやあの、そのさァ……お前のちょくちょく持ち上げてくる感じ何なの? 昔からそんなんだっ……た、そんなんだったわ。なんで?」
「ご自分で鏡を見てください」

桂が辻斬りに遭い、董榎という協力者を得てすぐ後、始めに行ったのは聞き込みだ。
信頼の足る同士らに協力を呼びかけて辻斬りの噂を集め、現場の共通性から本人の居場所を割り出そうとしたが、これに失敗。噂があった場所はてんでバラバラであり、とても統一性は見られなかった。

「居間で大家さんとゴロゴロしてて丁度、海外のミステリー映画やっててさ〜。地理的プロファイリングって言うらしいぜ、知ってた? ……だからまぐれでそんな持ち上げるのやめろよォ!」

自宅待機中の董榎に聞き込みの成果を流したのはダメ元だったが、董榎は辻斬り現場を印で書き込んだ地図とともに、核心に触れる意見を返してきた。『川の近く』であることと、『それぞれの現場が遠すぎる』こと。そこから桂一派は『船』という結論を導き出したのだった。

「……はあ、まあいいや。拠点を暴いたのはいいとして、相手方の様子はどうだ。もう策は用意してあるのか」
「いえまだ。実際に本船を確認したのが3日前のこと、運良く補給船の食糧に発信機を紛れ込ませるのに成功しました。河川の周辺各所にも人を配置して監視させ、他の者達には戦闘の準備だけさせています」

それから桂は外から伺った船の様子、本船が陸に寄るタイミング、補給船とのランデブー地点、今分かる限りの情報を余さず董榎に伝えた。

「今のところ気付かれた様子はありません。ただ予想以上に向こうの数が揃っています。まだ定かではありませんが新たな“人斬り”も現れたとの情報が」
「こう言っちゃあなんだが数も質も圧倒的に不足してるな」
「ええ……また外部との連絡記録はまだ報告されていませんが、秘密裏に同盟が組まれている可能性も十分に」
「鬼兵隊は今や過激派筆頭の攘夷組織。そこに攻城兵器も目じゃない超火力移動戦艦……勝てる見込みもあるとすれば人が集まるのは当然だ」
「いくつかの穏健派党首には内密に協力を仰ぎましたが、どこに奴らの目があるとも知れぬ中、慎重に成らざるを得ず……戦力差への懸念は拭えません」

“攘夷党党首桂小太郎”は、未だ表向き行方不明扱いになっている。

姿をくらました桂の捜索を名目に、攘夷党は江戸を回り、堂々と鬼兵隊の情報を集めているのだ。鬼兵隊は桂小太郎が岡田似蔵の手で討ち死にしたと信じこみ、死んだ党首を探すとは滑稽だと高笑いしている頃だろう。まさか桂が五体満足で帰り、こうして鬼の喉元を食いちぎらんと画策しているとは夢にも思うまい。

すなわちこれは奇襲作戦。

万一にもこちらの手の内を漏らすことは許されない。勢力を集めるために先手の有利を覆すのは馬鹿のやること。ましてや過激派から穏健派に転向した桂を未だよく思わない輩もいるため、情報を流す先は厳しい目で選ばざるを得ないのである。

しかしそれゆえに、兵力の憂いは確実に味方の首を絞めることとなるだろう。

「分かった。露払いは任せろ」
「……?」

何が分かったって? 考え込んでたせいで、うまく話の流れが汲み取れなかった。聞き飛ばしてしまったのかも。まあ続きを聞けば知れるかとよくよく耳をすませる桂の前で、ウンウン訳知り顔でうなずくソイツは、俺ちょっとコンビニでジャンプ買いに行ってくるわ、みたいなノリで。

「悪いが船乗りを何人か、あと工場吹っ飛ばせそうな時限爆弾をいくつか見繕ってくれ。補給船奪って本船に忍び込む。船着場に碇泊してひと暴れしたらでかい花火を上げてやろう。それが合図だ」



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